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『伝説の剣』Dragon Sword Saga 外伝1  作者: かがみ透
第一章 戦士の炎
1/21

戦士の炎(1)

多少の残酷描写を含みます。

改行、表現その他、読みやすく直しました。(2016.8.7)

 それは朱だった。緑色の山々に囲まれたある一点だけが朱に染まり、黒い煙を吐いていた。


「火事か……?」


 木々の間から覗く、ウマに乗った長身の男の鋭い目が、再びその箇所に向けられた。


「違う! あれは……!」


 男はウマを駆り出した。


 煤けた灰色のフード付きマントが、風で捲れる。


 現れたのは、鋭い焦げ茶色(ダーク・ブラウン)の眼をした三〇代ほどの、精悍な男の顔だった。


 人好きのする整った顔立ちとは、少し違っていたかも知れない。

 肩につくかつかないほどの黒髪をなびかせ、とがった顎には無精髭が見られる。


 高く出た頬骨、筋の通った細い鼻に薄い唇、そして、切れ長の、目尻のつり上がった形をしている眼。


 マントの中は、白いシャツに黒い革のズボンとブーツで、特に変わったところもない。茶色い革の角張った小さな鞄を下げているところなど、一見して平凡な旅人だが、彼の頭の後ろに飛び出した、布を巻き付けた長い突起が、彼が剣士であるらしいことを物語っていた。


 ウマは、更にスピードを上げる。


 程よく筋肉のついた無駄な部分のないよく鍛えられたウマと、その男の身体付きはよく似ていた。細身だが弾力のある引き締まった筋肉を、その男の衣類が覆い隠していた。


 ひとつの村が燃えていた。村人の住む家々の屋根には、矢がいくつも刺さっている。

 今もなお、木でできた家々に、火矢が打ち込まれていた。


「燃えろ、燃えろー!」


 大柄な、筋肉質に加え人相の悪い男が、燃え広がる炎の中で、髪を逆立てて狂ったような笑い声を上げていた。

 逃げ惑う村人たちを追い回し、食料を巻き上げる、似た様な大柄な男たちもいた。


 上半身に直に巻き付けられた太い革ベルト、手には段平、ボウガン、火矢を射る弓矢、鉄製の棒などを握っている。


 そして、彼らの誰もが、いかにも凶悪な人相をしていた。

 彼らは、村人とは一見して、明らかに違う。


「お願いですじゃ! 我々は、このとおり、言われたものは、すべて差し出しました。言う通りにすれば、乱暴はしないというお約束ではありませぬか!? これ以上、何がお望みか!」


 痩せた手を擦り合わせながら、白く長い口ひげを持つ白髪の、小柄な老人が、おずおずと、大声で笑っている男の前に進み出る。


 村人たちは、村の中央にあると思われる広場にかき集められていた。

 ぼうぼうに伸びた黒髪を逆立てたその大柄な男は笑うのをやめ、ふんと馬鹿にしたように鼻を鳴らし、その白髪の老人を見下す。

 この男が、この集団の(かしら)であるようだった。


「約束だと? 知らねえな、そんなもん」

「そ、そんな……!」


 老人は、怯えとも怒りともつかない眼で、大男を見上げた。


「そいつと、そいつと、そいつら、前に出ろ」


 頭は、老人ばかりを指名し、呼び寄せた。


 指名された数十名は、いずれも年老いており、怯えながら立ち上がると、追い立てられながら前へ進み出ていった。


「このじじいたちは助けてやる。後のやつらは死刑だ!」

「なんだって!?」


 村人たちは立ち上がり、口々に叫び始めた。


「いい気になるな、野盗め! なぜそんなことをする!」

「俺たちは、村中の財産をお前たちに差し出したじゃないか! それでも、まだ不服だというのか!?」


 賊たちは、ゲラゲラと笑い声を上げる。


「ああ、不服だな。それだけじゃあ、俺たちの心は満たされねえんだよ!」


 首領の男が、いきなり、手にしていた大きな段平を、村人の一人に振り下ろした!

 人々の叫ぶ声と同時に、頭を割られたヒトであったものが、どさっと地面に崩れ落ちた。


「これだから、若いやつは生かしちゃおけねえんだ。いつ牙を剥いて襲ってくるかわかりゃしねえ。おお、怖え! 今のうちに、根絶やしにしておくに限る!」


 首領の合図と共に、賊たちは村人たちに一斉に襲いかかっていった――!




「へっへっへっ、どこへ行きなさるんだね?」

「坊ちゃんみたいな小さいお子様じゃあ、一人旅は心細いだろ? おじさんたちが送ってってやるよ」


 村の外れの岩山では、ひとりのまだ幼い子供が、賊の仲間である太い鉄棒を手にした、頭を丸く剃った男と、ボウガンを持ったモヒカン刈りの男とに、追いつめられていた。


 横幅が彼の三倍はあろうかという大きな男たちは、凶悪な顔に、にやにやと品のない笑いを浮かべている。

 その時、幼い少年のまとっていた布切れの中から、きらっと何かが光った。


「う、う、……わーっ!」


 少年は、光るものを手にして、必死に左側の男に突進した。


「いてえ!」


 鉄棒の男は悲鳴を上げて、ひっくり返った。


「こ、この小僧、短剣なんぞ持っていやがったぜ!」


 男は、左足を押さえて転がりながら喚いた。

 少年は短剣を両手で持ち、息を乱し、震えながら、男たちに構えた。


「小僧、やってくれるじゃねえか!」


 ボウガンの男は、まだにやにや笑いながら、少年に近付いていく。

 少年は恐怖に耐え切れず、またしても自ら男に向かい、短剣を突き出した。


「同じ手が通用するかよ!」


 男は、少年を払いのけた。まだ幼い、軽い身体は、簡単に吹き飛び、地面に打ち付けられた。

 身体中を強く打ったにもかかわらず、彼は肩で荒く息をしながら起き上がろうとしている。


「おっ、まだやろうってのか?」


 二人の賊は、少年をからかうように囃し立て、歩み寄っていく。

 少年が立ち上がる前に、鉄棒男が、襟首を掴み上げた。


「さっきは、よくもやってくれたな。見ろよ、血が出ちまったじゃねえか!」


 男は、少年の顔を平手で叩き、地面に放り投げると、彼の身体を、大きな足で踏みつけた。少年の叫び声が、辺りにこだまする。


「はっはっはっ! どーだ! オトナをなめるとこういう痛い目を見ることになるんだー!」


 二人の男たちは、げらげら笑いながら、少年を踏みつける。

 少年の意識は遠のいていく。


「はーっはっはっは! ……ぶえっ!」


 突如、モヒカン男は倒れた。


 鉄棒の男は驚いて隣を見る。人の拳ほどもある石の塊が、側に落ちている。


「誰だ!?」


 きょろきょろ周りを見渡し、相棒に石をぶつけた者を懸命に探すと、後方の離れたところから、ひとりの灰色のマントをはおった背の高い男が進み出る。


「なんだあ、貴様は? 俺たちを『赤いオオカミ族』と知ってやったのか!」


 鉄の棒を持った禿げ頭の男は、少年を踏みつけていた足をどけ、現れた男に向かって、牙を剥くような凶悪な形相で睨んだ。


「赤いオオカミ? 知らんな」


 灰色の男は小馬鹿にしたように、ふっと笑って肩を竦めてみせた。


「野郎、ふざけやがって……!」


 鉄の棒を構え、ますます凶悪な顔で、男にじりじりと近寄っていく。


「まあ、待て」


 ボウガンの男が、モヒカン頭をさすりながら起き上がり、鉄棒の男を押さえた。


「石の礼をさせてもらうぜ! バカが!」


 そう言うと同時に、左手からボウガンの矢が、男目がけて発射された!


 次の瞬間、二人の野盗は、目を疑った。

 男がいつの間にか抜き取った背中の剣が、ボウガンの矢をはたき落としていたのだった。


「くっ! こいつ……!」


 賊がもう一度ボウガンを構えようとした時、男は走り出した。


「なっ!」


 男の鉄拳は、見事にモヒカン男の顔に、めり込んでいた。


 どうっと倒れた男には構わず、男は、片膝をついて、少年を抱え起こした。


「大丈夫か?」


 少年は、うっすら目を開く。

 精悍な顔つきの、濃い茶色の瞳が見下ろしているのを、ぼんやりと見つめた。


「て、てめえ……! いい度胸じゃねえか! 俺様に背中を向けておいて、ガキを助けてる余裕があるとはな!」


 禿げた男が太い鉄の棒を振り上げる。


 ガツッ! 


 男は、少年を抱え込んだまま、右手の剣で防御していた。

 男よりも大柄な野盗の思い切り振り下ろされた太い鉄棒が、いとも簡単に、その剣によって止められていた。


 男の剣は、普通のものより大きい。

 賊たちの持っていた段平の数倍も幅があり、長い剣であった。

 大きいあまり腰には差せず、背中に背負っていたのだ。

 少年は、驚いたように目を見開き、剣と剣士とを交互に見比べていた。


「ほう、いい剣を持ってるじゃねえか。その剣は、俺がもらってやるぜ!」


 鉄棒の男がそう言ったと同時に、ボウガンの男も起き上がり、剣の男に向かって矢を構えた。


「はっはーっ! この至近距離じゃ躱せねえだろー!」


 その途端――! 

 ボウガンが半分だけ地面に落ちた。


「これで、矢を放つことは出来まい」


 男は、それまで鉄棒を支えていた剣を、一瞬のうちに、払いのけ、ボウガンを装備している男の手首ごと斬り落としたのだった。

 片膝を付き、片手に少年を抱えたままだった。 


「うぎゃああああああああ!」


 痛みが後から伝わってきたモヒカンの男は、絶叫して手首を押さえ、(うずくま)った。


 少年も、禿げ頭の男も、驚きのあまり声も出ない。


「歩けるか? 危ないから、あっちに行ってろ」


 黒髪の男にそう言われ、少年は我に返り、頷いてみせると、傷付いた方の腕を庇い、足を引き摺りながらその場を離れた。


「ふざけやがって……! てめえ、もう生かしちゃおかねえ!」


 禿げ頭が、再び鉄棒を繰り出す。


 男は、剣を一振りした。


 鉄棒男は、自分の腕にそれまで伝わっていた感触が、一瞬の衝撃の後、突然軽くなったのを感じた。

 鉄棒は斜めに割れ、落ちていた。鉄の棒を斬り落とした男の剣は、刃こぼれひとつしていない。


「ば、ばかな! この鉄棒を、段平なんかで……!?」


 彼の脳裏には、ある確信が、はっきりと浮かび上がっていた。

 離れたところから見ていた少年も、同じことを感じていた。

 男の、並大抵ではない強さを。 


 禿げた男は、ぶるぶる震え出し、冷や汗が頭皮から一筋流れていく。

 その途端、持っていた鉄棒の残骸を放り出し、一目散に逃げ出していった。


「おい、相棒は逃げていったぞ。お前はどうする?」


 剣の男は、茶色い瞳を、蹲っているモヒカンに注ぎ、そのきつい顔立ちからは結びつかない、明らかにからかうような口調であった。


「ひえーっ!」


 モヒカン男は、情けない声を上げて、禿げ頭に続いて走っていった。


 男は呆れたように肩を(すく)めると、大きな剣を、背中に戻した。


「おい、ぼうず、もう大丈夫だぞ」


 男は、少年を振り返った。

 少年は肩を押さえながら、彼に急いで近付こうとして(つまず)き倒れた。


「おいおい、大丈夫か? こりゃ、ひでえな。これを飲んでおけ」


 男の険しかった顔は、一変して表情豊かになった。


 腰に下げた革鞄から小瓶を取り出すと、男は、その中の小さな黒い粒を、少年に何粒か手渡した。痛み止め、化膿止め、そのようなものだ。


 少年は、それを飲もうともせずに、大きな瞳で男を見上げ、喘ぎながら言った。


「お願いです! 助けて下さい! あいつら、村を……早くしないと、村の人たちが、……かあさんが……!」


 男の瞳が、真剣になった。


「さっき燃えてたのは、やはり村だったか……。よし、ぼうず、案内しろ! 俺もそこに行こうとしたんだが、道に迷ったんでな。……っと、その前に、ちゃんと、その薬飲んどけよ」


 そう言うと、少年をウマに乗せ、その後ろに跨がり、再びウマを走らせていった。


 辺り一帯は焼け野原であった。

 草や木が生えていたと思われた場所にも、(くすぶ)った焼け焦げた地面が見えているだけだった。石造りの建物はともかく、木でできた家には、まだ火が残り、バチバチと燃え崩れている。


 辺りの温度も高く、煙で視界が遮られている所も数カ所ある。鼻を覆いたくなるほどの異臭もしていた。


「かあさーん! かあさーん!」


 馬上で少年は喉を枯らして叫ぶが、何も返ってはこない。

 男は、油断のない切れ長の目を周囲に配り、黙ってウマを歩かせた。


「あっ! 長老さんたちだ!」


 広場が見えてきた時、少年が前方に溜まっている人影を指差した。


「良かった! まだ無事な人が――!」


 少年の顔がほっとしたようにほころんだ。

 男は、少年の指し示した方へと、ウマの速度を速めた。


「長老さん!」


 ウマから下りた少年は、老人たちの集まっているところへ足を引き摺りながら、歩いていった。


「おお! 無事だったのか!」


 白い頭に白い口髭の小柄な老人が、少年を、細い皺だらけの手で抱え寄せた。


「かあさんに言われて、隣の村まで助けを呼びに行ったんだけど、途中で野盗に見付かって……、それを、あのおじさんに助けてもらったんだ!」


 老人たちは、少年の指差す方を一斉に見た。

 ウマを適当な場所へつないでいた灰色のマントに包まれた男が、少年の後ろまで歩いてきて立ち止まった。


「かあさんは? 他の人たちは?」


 老人達は無言だった。

 少年の顔からは、みるみる血の気が引いていく。


「どうしたのさ? かあさんは? ダニエルおじさんやジャンたちは……?」

「ぼうず」


 後ろから聞こえた男の静かな声と、少年の肩に、そっと置かれた手で、少年は、はっとして見回した。


「ま、まさか……」


 老人たちは、皆、鼻をすすり出した。

 少年は、今気が付いた。


 辺りに転がっているものが、木の片でも、農作物を入れたズタ袋を燃やしたものでもなく、変わり果てた村人の姿であったと。

 それが、異臭のもとでもあるのだとも。


「かあさん、……かあさんは……!?」


 少年は、無我夢中で、その中から母の姿を探した。


 男の鋭い茶色の目が、辺りの光景を黙って見渡している。


 そのうち、少年の動きが止まると、炭のようになった一つの亡骸をかかえ、わなわなと震え出した。


「……なんで……? ぼくが助けを呼んでくるまでは、絶対隠れてるって言ってたのに……!」


 長老が少年の肩に、そっと手を置いた。

 その目の下には、既に、幾通りもの涙の筋が出来ていた。


「ターミアは、助けなど来ないことはわかっておった。まだ幼いお前だけでも生き延びてもらおうと……おそらく、それで、お前を村から……」


「そんな……!」


 老人たちの啜り泣く声は、一層高まった。


 少年は、母の遺体を小さな胸に抱え、泣きながら、いつまでも呼び続けていた。




「せっかく助けに来て頂いたのに、こんなものしかお出しできんで、まことに申し訳ないのう。まだ収穫期に満たない農作物しか、この村には残っておらんで」


 その晩、かろうじて残った石造りの建物付近で、長老は、男に、芋を焚いた火で焼き、差し出した。

 男は、会釈して、焼いた芋をかじった。


「『赤いオオカミ族』――あのぼうずが襲われていた時、奴等は、そう名乗っていたが……?」


 男は、長老に尋ねた。長老は、すっかり皺深くなってしまった額に、より一層皺を刻んで、口を開いた。


「噂でしか聞いたことのないやつらでしたが……、腕、あるいは腰に、赤い布切れをつけている野盗の集団ですじゃ。略奪できるものはすべて略奪し、何もかもを奪った後、村を壊滅状態に追い込むという、実に残忍なやつらなのです。現に、私どものような未来のない老いぼれだけを残し、若い衆や女子供を嬲り殺し、村全体に火を放っていきおった……!」


 長老は、怒りで手を震わせていた。それをやっとのことで抑えてから、溜め息をつき、少し離れたところで干し草を被って眠っている少年の後ろ姿に目をやった。


「あれが母と呼んでいた女は、私の姪でしてな。実の母親が亡くなった時、あの子は僅か三歳じゃった。姪のターミアは哀れに思い、あの子を引き取り、面倒を見ておったのです。


 あの子も、本当の母ではなくとも、『かあさん、かあさん』とよく懐いており、本当に、実の親子のようであった……」


 長老は熱くなった目頭を押さえた。


「これから、どうするのだ? よかったら、他の村まで、俺が送っていこうか?」


 男は、長老に問いかけた。


「いいや、わしらは老い先短い。どうせ、どこの村に行っても、厄介者扱いされるだけじゃろう。ここに残り、皆でほそぼそとやっていくつもりじゃ。……そうじゃな、あの子なら、まだ小さいから、どこかで引き取ってもらえばいいのじゃが……」


 長老は、男の目をじっと見た。


「よろしかったら、おぬし、隣町にでも寄って、あの子のもらい手を探してやってくれんかのう? 見ず知らずの若者に、このようなことを頼んでしまって、申し訳ないが」


 男は、ふっと笑ってみせた。


「なに、構わないさ。どうせ旅の途中だからな」


 長老は、ほっとしたように胸を撫で下ろした。


「さ、今夜は、俺がここで見張っているから、どうか安心して眠ってくれ」


 男の言葉に、長老は頭を下げると、奥へ行き、干し草を被った。

 それを見届けると、彼は焚き火に木の枝をくべ、建物の外に、ずっと目を向けていた。


「おじさん」


 いつの間にか、少年が起き上がり、男に近付いてきていた。


 改めて見ると、明るい栗色の髪をした、大きな群青色(ぐんじょういろ)の瞳の、可愛らしい顔立ちをしている子供だった。

 少年は、男の隣に座り込んだ。


「ぼうず、おじさんは、確かにおじさんだけどなあ、そうおじさんおじさん言われたんじゃあ、がっくりきちまうぜ!」


 おどけた口調でそう言うと、男は口を曲げ、肩を竦めてみせた。

 それを見た少年は、くすっと笑った。笑った顔も、男の子にしては、可愛らしい。


「じゃあ、何て呼んだらいいの?」


「レオンだ。レオン・ランドール。これが、おじさんの名前だ」


 焚き火の炎に赤く照らされて、黒髪の男は、にやっと笑ってみせた。


「じゃあ、ぼくのことも、ぼうずじゃなくて、ちゃんと名前で呼んでくれる?」


「おお、いいとも。なんていうんだ?」


「ケイン。ケイン・ハミル」


 男は、しばらく少年を見つめた。


「よし、ケイン、お前とは、短い付き合いだろうけど、それまでは仲間だ。いいな?」


「うん!」


 少年の笑顔を見て、男は、大きな手で、彼の頭を撫でた。


「お前、いくつだ?」


 男は、撫でながら少年に尋ねる。


「六歳」


 男は、驚いて少年の顔をまじまじと見た。


(そんなに幼かったのか……)


 野盗にも果敢に向かっていったり、踏みつけられても泣かなかったことを考えると、彼にはとても六歳の幼年の子供には思えなかった。

 かわいい顔の割には、骨のあるヤツかも知れない――ふと、彼は、そう思った。


「おじさ……レオンは、何歳くらいなの?」


 ケインの声で、彼は、我に返った。


「三二だ」

「うわー、ほんとにおじさんだー!」

「なんだと、こいつ!」


 レオンは、ケインの首に腕を回し、二人は、しばらくじゃれ合っていた。


「レオンは、どうして強いの?」


 彼の膝の上で、ケインは、うとうとしながら尋ねていた。


「悪い奴等をやっつける旅をしているうちに、いつの間にか、強くなっちまったのさ」


 彼は、自分の灰色のマントに少年を包み込み、笑いながら言った。


「大きい剣だね」


 近くに置いてある彼の剣を、ぼんやり見つめながら、少年が呟いた。


「これはな、普通の剣と違うんだ。人間だけじゃなく、魔物だってぶった斬れるんだぞ」


 レオンは、指で刃を弾いて、音を立ててみせた。


「お前こそ、立派な剣を持ってたじゃないか。それに、野盗に向かっていった時の剣の構え方……お前、誰かに教わったのか?」


「……あれは、前のかあさんの形見で……」


 ふと少年に目をやると、言いかけたまま眠ってしまったようであった。


(無理も無い。育てのとは言え、母親を、ついさっき残忍なやり口で失ってしまったのだからな……。気丈に振る舞ってはいても、まだ子供だな……)


 レオンの焦げ茶色の瞳は、幼い少年の上に、痛々し気に注がれ、その大きな手は、目の前の子供の背を、いつまでも、やさしく撫でていた。




 翌朝、村の長老たちに別れを告げ、少年は、男のウマに乗せられて出発した。


「そっちじゃないよ、そこを左に行くんだよ。昨日通ったのに、覚えてないの?」


 ケインが振り向いて、前方を指さした。


「うるせーな、小僧。道なんか、どこ通ったって一緒だぜ」


 彼は、不機嫌そうに、少年を見下ろした。


「もしかして、レオンて、……方向オンチなんじゃないの?」


 ケインが、疑いの目を向ける。


「初めて来たとこなんだから、しょーがねーだろ? 黙って案内しろ!」


 余計に不機嫌になってしまった彼のへの字口を見て、少年がくすくす笑い始めた。


「レオンて、コドモみたいなところがあるんだね」


「うるせーな! そんなクチ()いてると、お前、ロクなオトナに育たねーぞ!」


 凄んでみせる彼に怯えることなく、微笑んでいるケインの笑顔を見るうちに、ふっと、レオンの脳裏をかすめるものがあった。

 栗色の長い髪をした、大きな瞳が印象深い、ある女性の姿だった。


『レオンたら、すぐムキになって……。そういうところは、コドモなんだから』


 ネコのような大きく青い瞳を、いつもきらきらと輝かせ、柔らかな声で、彼女は、よくそう言っていた。


(ユリア……)


「そこの道を、また左だよ」


 幼いケインの声が、彼を現実に引き戻した。


 新しい町に着くと、まず宿屋にウマを預け、食堂へ向かった。


 肉と野菜を煮込んだスープを、二人で啜りながら、子供を引き取ってくれそうな人はいないかと、店の主や客などに、片っ端から声をかけてみるが、なかなか見付からない。


「女の子なら欲しがっている家があるんだけどねえ」

「お婿さんを探しているところなら、知ってるんだけど」


 食後も、道行く町の人々に尋ねるが、条件の合うところはなかった。


「あの、ぼく、飯炊きでも何でもやりますから」


 一軒一軒訪ねて、レオンと一緒にケインも自分から頼むが、ことごとく断られてしまう。

 その日は諦め、二人は、取っておいた宿屋で、一泊することにした。


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