初めに なぜこの題材?
「どうして黒田官兵衛だったんですか?」
……と、たまに聞かれることがないです。
今のところ、一通もありません。
もし今後聞かれることがあれば、このエッセイを紹介しようと思います。
実は、この作品のきっかけは大河ドラマでした。
黒田官兵衛を主人公にした大河を見ていて、戦いや人物関係ももちろん面白かったのですが、それ以上に気になったことがありました。
それは、「播磨」という土地です。
地図を見ると、播磨は瀬戸内海に面し、港があり、京にも九州にも近い。
街道も通り、農業もできる。
人も物も集まりやすい、かなり恵まれた立地です。
「こんなに条件がそろっている土地なら、本来もっと発展してもおかしくないんじゃないか。」
そんな疑問が頭に浮かびました。
ところが史実では、播磨は一つにまとまりません。
小寺、赤松、別所など、それぞれが勢力を持ちながら争い続けます。
最終的には織田信長の勢力が入り、羽柴秀吉の中国攻めによって播磨はまとまっていきました。
そこで、もう一つ疑問が生まれます。
**「外から来た織田がまとめられたのなら、播磨の人間には本当に無理だったのだろうか。」**
土地はある。
港もある。
人もいる。
足りなかったのは、播磨全体を一つの方向へ導く人物だけだったのではないか。
そう考え始めたところから、この作品の構想が始まりました。
では、その役を誰が担えたのか。
最初はいろいろ考えました。
小寺か。
赤松か。
別所か。
ですが、考えれば考えるほど、一人の人物に行き着きます。
黒田官兵衛です。
播磨の情勢を知り尽くし、人を動かし、交渉し、調略を行う。
史実でも、その知略を存分に発揮した人物でした。
ただ、私が面白いと思ったのは「軍師」としての官兵衛ではありません。
もし、あれだけの知略を持つ人物なら。
戦だけではなく、経済や物流にもその知恵を使えたのではないか。
そう考えたのです。
播磨には、人が集まる場所があり、港があり、街道がある。
それなのに発展しきれないのは、人・物・金・情報の「流れ」がどこかで止められているからではないか。
だったら、その流れを妨げるものを取り除いていく人物として官兵衛を描いてみよう。
「流れを止めるものは取り除く。流れを生むものは育てる。」
そんな、私なりの「流主義者」としての黒田官兵衛が、この作品の主人公になりました。
もう一つ、私の中で大きかったのが信長の存在です。
史実では、織田信長は尾張という豊かな濃尾平野を基盤に勢力を広げ、天下を目指しました。
もちろん、信長本人の才能があってこその結果です。
ですが、それを見て私は思いました。
「なら、播磨にも同じような可能性があったのではないか。」
播磨には港があり、街道があり、瀬戸内海がある。
立地だけを見れば、人や物が集まり、大きく発展する条件は十分にそろっています。
もし、その「流れ」を一つにまとめる人物がいたなら。
そんな「もしも」が、この作品のもう一つの出発点になりました。
ただ、実際に書き始めると、ここで思わぬ壁にぶつかります。
主人公の官兵衛は、最初から大名ではありません。
黒田家の一人として生まれ、少しずつ周囲の信頼を得て、自分にできることを積み重ねていく立場です。
そのため、「播磨を変える」という最終目標は決まっていても、そこへ至るまでの道筋は、一つひとつ積み上げていくしかありませんでした。
戦で一気に領土を広げる物語なら、主人公の目標は分かりやすくなります。
しかし、この作品はそうではありません。
工房を作る。
港を整える。
人を育てる。
流れを少しずつ変えていく。
そうした積み重ねが、やがて播磨全体を変えていく物語です。
だからこそ、主人公の目標が読者に伝わりにくいという難しさがありました。
それでも、一つひとつの積み重ねが、後から振り返ったときに一本の線としてつながる。
そんな物語を書いてみたいと思いながら、今も試行錯誤を続けています。
最後に、一番悩んだのが官兵衛という人物そのものです。
私の印象では、史実の黒田官兵衛は、自分から前へ出て天下を目指すような人物ではありません。
むしろ、主君を立て、求められれば知恵を貸し、実務をこなす。
そんな忠義と実務を重んじる人物だったのではないかと思っています。
だからこそ、主人公として描くのは意外と難しい人物でした。
最初から「天下を取るぞ」と動く人物ではない。
与えられた立場の中で最善を尽くす人物だからです。
そこで私は、一つだけ創作として解釈を加えました。
史実の晩年、関ヶ原の頃には九州を制圧しようと動いたとも伝えられています。
その行動を見て、「自分の知略を使って、何か大きなことを成し遂げたい」という思いは、人生のどこかで芽生えていたのではないか、と想像しました。
ならば、その芽生えを少しだけ早くしてみよう。
知略を試したい。
人の役に立ちたい。
播磨という土地をもっと良くしたい。
そうした思いを若い頃から持つ官兵衛なら、この物語の主人公として自然に動いてくれるのではないか。
そんなふうに考えながら、この作品の官兵衛を作っていきました。
史実とは少し違う。
でも、史実から大きく離れすぎない。
そのバランスを探しながら書き続けています。
私はそんな「流主義者」の官兵衛を見てみたかったのです。




