「行けたら行く」と言っていつも来ない王子だけど大好きです
「あ、ルナ。明日の建国記念パーティーだけど……うん、行けたら行くよ」
王立魔術学院の回廊で、眩しい金髪をなびかせた第一王子・アルフレッドは、爽やかな笑顔でそう言った。
「……はい。お待ちしておりますね、アルフレッド様」
私、公爵令嬢のルナは、胸の前に手を組んで完璧な淑女の笑みを返す。
けれど、心の中で「アルフレッド様が実際に訪れる確率」は、すでに冷徹な数値を導いていた。
今回アルフレッド様が出席率は――0.03%と。
異世界に転生して十七年。前世の記憶を持つ私は知っている。
この世界における王子の「行けたら行く」は、前世の日本語における「行けたら行く」と完全に同義であるということを。
案の定、翌日のパーティーに彼の姿はなかった。
「急な公務が入ってしまってね」という、定型文のような代筆の手紙が届いただけだ。
「お嬢様、また王子殿下はドタキャンですか? いくら婚約者だからって、あんまりです!」
その内容を知った侍女のミーナがプンプンと怒っている。
普通なら「私、愛されていないのかしら……」と涙に暮れる場面かもしれない。だが、私は手紙をそっと机に置くと、深く、深くため息をついた。
(ああ……もう、本当に大好き……!)
怒るどころか、私の胸はときめきで破裂しそうだった。
なぜ私が怒らないのか。理由は簡単だ。
私は、彼が「来ない」時間に何をしているのかを知っているから。
アルフレッド王子は、一見すると不真面目で気まぐれなドタキャン常習犯だ。しかしその実態は、この国を影から守る「超ワーカホリックな天才魔術師」なのである。
彼が「行けたら行く」と言う時、その裏では大抵、大きな陰謀が蠢いている。
――たとえば、王家の秘宝を奪おうと派遣された隣国からのスパイ潜入の阻止。
──古代遺跡の結界の修復。
――マッドサイエンティストによって王都地下に放たれた魔獣の極秘討伐。
彼は自分の功績を一切ひけらかさず、泥を被ってでも国を、そして婚約者である私を守るために裏でボロボロになって戦っているのだ。……まあ、たまに普通に研究に没頭しすぎて忘れているだけの日もあるけれど、それも含めて愛おしいから無問題。
「ルナ、いつも寂しい思いをさせてしまってすまない」
パーティーの数日後、珍しくお忍びで我が家を訪ねてきたアルフレッド様が、申し訳なさそうに私を見た。
彼の目の下には、うっすらとクマがある。昨日もきっと、徹夜で「誰かの為」の行動をしていたのだろう。
「いいえ、アルフレッド様。お忙しいのは分かっておりますから」
「いつもすまない。次は……次のお茶会こそは、必ず行くから」
(あ、その言い方は……)
「ええ、『行けたら行く』で構いませんわ。無理はなさらないでくださいね」
私が微笑むと、アルフレッド様は一瞬だけ驚いたように目を見張り、それから本当に嬉しそうに目を細めた。
「……うん。ありがとう、ルナ」
その、ちょっと子供っぽくて、私にしか見せない安心しきった笑顔。
これが見られるなら、ドタキャンなんて何回されたって安いものだ。
◆
それから一ヶ月後。
私の十七歳の誕生日当日、私たちはディナーとして王都の最高級レストランを予約していた。
「今日は絶対に遅れない。夕方六時に、必ず迎えに行くよ」
数日前、彼はそう言って私の手を握った。
けれど、当日の午後五時半。私の元に、使いの鳥が小さな魔術通信を届けた。
『ルナ、本当に申し訳ない。王都の結界に一時的な歪みが発生して……今から対処に向かう。ディナーには……行けたら、行く』
通信が切れる。
ミーナは「信じられません! お誕生日にまで!」と激怒しているが、私はすでに立ち上がっていた。
「ミーナ、ドレスを着替えるわ。動きやすい乗馬服を用意して」
「えっ!? お嬢様、どちらへ!?」
「決まっているでしょう? 私の婚約者が、世界を救うために残業しているのよ」
私はクローゼットから、自家製の魔力回復ポーションと、特製のサンドイッチをバッグに詰め込んだ。
「差し入れを持って、デートの場所を変更するだけよ!」
公爵令嬢として英才教育を受け、彼の婚約者としてアグレッシブな努力を続けてきた私だ。今の彼がどこにいるのかくらい、魔力の流れを追えばすぐにわかる。
――王都の北、不気味に歪む空間の前に、一人の金髪の青年が立っていた。
無数の魔力刃を放ち、空間から這い出ようとする異形の魔物を次々と消滅させていく。その姿は、息をのむほどに美しく、そして孤高だった。
「はぁ、はぁ……っ、まずいな、思ったより数が多い……。ルナとの約束の時間が……!」
焦るアルフレッド様の背後に、新たな魔物が爪を振り上げる。
「アルフレッド様、危ない!」
私が放った聖なる光の弾丸が、魔物の脳天を撃ち抜いた。
「ルナ!? なぜここに……っ!」
「『行けたら行く』は『来ない』の合図だって、いつも言っているでしょう? だから、私から来ちゃいました!」
私は彼と背中合わせに立つ。
「誕生日ディナーの代わりに、魔物の共同討伐といきましょう!」
「……はは、君には敵わないな」
そう言ってアルフレッド様は苦笑した。けれどその瞳には、確かな光が宿っていて私はそれに魅入られる。
(はぁ……好きっ!)
一時間の激闘の末、結界は完全に修復され、魔物も一匹残らず消滅した。
草むらに二人で座り込み、泥だらけのドレスと乗馬服でお互いを見て笑い合う。
時計の針は、すでに夜の八時を回っていた。
「最高の誕生日だわ」
「……ごめん。せっかくのレストランが台無しだ」
「いいえ。世界を救う格好いい婚約者を独り占めできたんですからこれ以上の満足はありません。お腹は空きましたけれど」
私が笑うと、アルフレッド様は私の泥のついた手をそっと取り、甲にキスをした。
「愛してるよ、ルナ。来年の誕生日は、絶対に、何があっても遅れずに会いに行く」
確信に満ちた、力強い声。
けれど、私は知っている。きっと来年も、彼は国のために何かと戦っていて、直前に「行けたら行く」と言うのだろう。
「ええ、楽しみにしていますね」
私は彼の肩に頭を預けながら、幸せな気持ちで微笑んだ。
だって、いつも来ない彼を、追いかけて捕まえるのが、私の世界で一番大好きな特権なのだから。




