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偲い(おもい)  作者: Eisei3


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9/9

第八章 母と妻

 だが、現実はそう甘くはなく、しかも私の考えよりも遥かに厳しかった。


 世間では、嫁と姑はうまくいかないものとの風潮が、常識として昔から広く喧伝されている。

 そして残念ながら、それは、私の家でも例外ではなかった。


 母との同居生活が始まってから間もなく、それは現実の呪いとなって私に襲い掛かり、その後も、決して私の事を見逃してくれようとはしなかったのだった。

 

 妻と母がぶつかる原因となる切っ掛けは、日々の何気ない生活の中で、それこそ至る所に潜んでいた。朝の掃除のやり方や食事の取り方、そして風呂の入り方から、果てはトイレの蓋やドアの閉め方に至るまで。

 

 妻は、母のやる事の全てが気に入らないようであった。

 母の振舞いに何かの気に入らない所を見つけると、周りをはばかろうとする気遣いを見せることもなく、顔をしかめ、所構わず大きな声を上げながら母に向かって言った。

 

 ╌ 「何度言えば解るの …」

 ╌ 「 …… を、しないで」


 ()()、母が一坪農園で一生懸命に栽培し、収穫してキッチンに持ってきた野菜でさえも、キッチンの片隅にほったらかしにしたままで、使うこともなく腐らせただ捨てているだけだった。

 「こんなに毎日同じ野菜だけ持ってこられてもね。虫食いだし、それに形も悪いし …」

 その事を問い質そうとする私に、そう返す妻の言葉には、正直私でさえ、意地の悪さとただの悪意しか感じられなかった。

 

 “ ╌ … これほど意地の悪いひとだったのか⁉ ╌ ”

 それは、今までの結婚生活の中でこれまで一度も、決して彼女が私に見せた事のない一面だった。

 “ 一体何が、妻の心に暗い影を落とし込んでいるのか? そして彼女をこれほどまでに苛立たせているのだろう? ╌ ”


 私は、妻の性格がそういうものだということは、それまでの結婚生活で十分に解っているつもりではいた。だがこれまでの暮しの中で、そういうものだと慣らされてしまっている部分も少なからずはあった。  

 ただ、この母に見せる妻の態度は、これまで私が、妻との暮らしの中で積み重ねてきた理解の敷居を、軽く、そして遥かに超えてしまうほどの酷さだった。



 妻の性格は、さばさばしていると言えば聞こえは良いのだが、その言葉にはぶっきらぼうで、どこか人を無情に突き放したかの様な響きがある。

 現に私には、彼女が母に向かって使う言葉と、子供たちに向かって言うそれには大差が無いように感じられていたし、心の中で、“ ╌ それが義母に対する態度と言葉か! ╌ ” という気持ちも持っている。

 だが、面と向かってそれを妻に言えば喧嘩になり、一層状況が悪化してしまうだろうことは目に見えて解っていた。

 

 母は、その妻の性格を、この家に一緒に住んで初めて知った部分が多かった。

 「何て、口の聞き方をするんだろうね⁉」

 母が小声で、そう私に言うこともある。母もまた、妻のそういうところに不満を持っているように見えた。


 またその一方で、更に厄介なことに、母にも、人の話を良く聞かないという、非常に困った一面があった。

 そして、一度ヘソを曲げてしまうと、相手に対して激しい感情とともに、無遠慮で強い言葉をそのまま真直ぐに投げつけてしまうという、癇癪かんしゃくにも似た癖もあった。


 実際妻は、父が亡くなった直後、私と実家を訪ねた際に、言葉の行き違いから母のこの癇癪を実際に経験した事があり、その時かなりの精神的なショックを受けてしまったことがあった。

 だから、妻の立場に立ち善意に考えると、その経験が妻の脳裏に今でも強く焼きついていて、それが母への強い言動として表れているのかもしれなかった。

 

 何れにせよ、この、母のそういう性格が妻を一層苛立たせ、それが更に二人の関係を拗らせ、増々溝を深めていってしまう大きな原因となっていた。

 そのためか二人には、日常の生活の中でのコミュニケーションが、まるで不足しているようにも見えた。だから意識の共有が難しく、それによる行動の相違から互いにぶつかり合ってしまうことも多々あった。


 そんな時、私は、自分は妻と母のどちらの味方にもなれない、なってはいけないということを自ずと理解していた。

 妻と母の双方に対して、時には中立的な意見は言うことはあったが、ただ二人を傍観していることも多かった。

 私は、時間がそれを解決してくれるのを待った。だがそれが、根本的な解決方法にはならないということは良く解ってもいたのだったが。

 

 だが時には、母と妻それぞれの話し相手になり、二人の関係がうまく行くようにと気をつかうこともある。

 たた、私は年老いた母が無性に哀れで、可愛そうになる時もあった。そんな時は、母の言葉を母の気が済むまで聞いてあげたし話し相手にもなってあげた。

 「お前は優しいから助かるよ」と、母は言う。

 「俺が優しくしてやらなくて、他に誰が優しくしてくれるんだい?」 私は答える。



 そんなある日曜日の午後、私が二階の寝室で音楽を流しながら読書をしていると、珍しく母が二階に上がって来て、私に向かって言ったことがあった。

 その時、妻は買い物に出掛けていて、家にはいなかった。


 ╌ 「この家には、笑いが無い!」

 ╌ 「大声で子供を怒っている声を聞くと、胸の奥が ジーン と痛くなるんだよ」

 ╌ 「お前が、もっと優しいお嫁さんをもらってくれていれば、こんな苦労をすることも無かっただろうに …」

 ╌ 「ここだけが唯一の自分の家なのに、こんな事ではもうこの家にいることができない。困ったことだよ。実家の家を売ってしまうことはなかったのに‼ ……」

 

 意を決したかの様子で、母からそう一気に捲し立てられたそれらの言葉は、鋭く研ぎ澄まされた鋭利な刃先となり、私の胸に大きな衝撃を伴って激しく、深く突き刺さった。

 

 そしてそれは、私が日々の生活の中で、漠然と抱いてはいた同居生活への違和感を、決して逃げようも無い、確かではっきりとした現実の実体として転化させてしまった。

 また、それは同時に私の心の中で、私を見詰めるもう一人の自分の声となり、何度も何度も繰り返しては、激しく責め立て続けるやいばの様な囁きとなり、私に襲いかかってきてもいた。

 

 ╌ 「俺たちと、この家で同居したことが、果たして母にとっては幸せな事だったのだろうか?」 ╌

 ╌ 「実家で独り静かに暮らす方が、母には良かったのではないのか? ……」 ╌



 特に妻は、母と私が二人切りで話をしていることが、堪らなく気に食わないようであった。

 「()()()()()で、仲良くすればいいじゃないの‼」

 

 母が、私と二人きりで話している所を見かけると、妻はこれ見よがしに、そう捨て台詞とも思える悪態を吐くようにさえなっていった。

 その時妻は、自分の悪口を言われているとでも感じていたのだろうか? 

 その彼女の態度と、ののしり口走る言葉の響きは、思わず私も顔をひそめるほどの醜さでもあった。

  “ ╌ この人は、本当にあの人()なのか? ╌ ”、と。

 

 そしてまた、妻は、母が二階に上がることも許さなかったし、二階のベランダに干す洗濯物にも絶対に触らせることがなかった。

 そして何かにつけては、こう口に出してもいた。

 

 「この家は、二世帯住宅なんだからね‼」

 「お義母さんとは、別の暮しなのよ!」、と。

 

 その妻の態度は私に言わせると、妻は【二世帯住宅】の意味合いを、完全に履き違えているとしか思えなかった。

 それはもしかすると、同じ様な家族環境の友達の誰かから、つまらない入れ知恵を吹き込まれ、しかもそれを真に受けてしまい、妻は母にその様な態度と言動を取っているのではないのかと私がいぶかしがるほどに、妻の母に対する態度は酷く、残酷にも感じさせるものだった。

 

 こうして母と妻の二人の間では、そんな些細な言葉の擦れ違いに両者の思惑の食い違いも重なり、日々の同居生活の中で、それらの軋轢あつれきは徐々にではあるが確実に大きくなり、積み重なっていったのだった。


 そして、だからだろうか。遂には、母は、私と一緒にいる所を妻が認めると、可哀そうなほどこそこそと、自分の部屋に戻って行くようになってしまっていた。



 私の思い描いた想いとは、全てが全く違う方向に行ってしまっていた。

 ╌ 「やっと、お袋と同居できたのに …」「… なぜなんだ ……」 ╌

 ╌ 「何かが違う。どこかで、大きく歯車が狂っている …」 ╌


 何かが私の想いとは食い違いながら、全く違う真逆の方向に向けて動いていた。

 「何とかしなければ …」

 頭の中で繰り返し、私はそう呟いた。 いつも …

 

 しかし、一度歯車が狂い、噛み違ってしまったその生活スタイルは、“ ╌ 習慣 ╌ ” に昇華してしまいながら、今も変わることなく続いている。



 だが、私にも原因があったのは確かなことである。

 心の中で思うだけで、家族たちの生活を変えようとする努力を、実際に、そして二人に対して積極的に見せようとする事が、まるで無かった。

 それはかつて、私が父との同居を考えながらも、遂にそれが果たされずに終わってしまったように …。


  “ ╌ この家は本当に、母の心が休まる場所であったのか? ╌ ”

 

 しかしその答えは、今考えても出てはこない。

 ただ、母が私の事を心から頼りにしていてくれたということは、まぎれもない事実であったのだと、私は今でも強くそう信じている。

 

 母は私にとって、他の何物にも替えようもなく、かけがいのない大切な人であることは間違いのない事実であるのだから。

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