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偲い(おもい)  作者: Eisei3


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第六章 家族

 私達家族の、新しい家での生活が始まった。

 母と私、妻そして二人の子供。新たに五人家族となって初めての、新生活のスタートである。


 妻は、私より四つ年下だった。

 私と出会った時、彼女は臨床検査技師として、県庁所在地にある医療関係の団体に勤めていた。

 二人が知り合ったのは、当時私が勤めていた部署の同僚からの紹介だった。互いの両親にも紹介を終え交際をしていたのだが、直ぐには結婚式を挙げられない事情ができていた。

 それは、当時実家で同居していた父の実の姉である伯母の病気が重く、その年一杯持つかどうかという状況にあったからだった。そのため、二人の両親は結婚式の段取りを親戚等と相談し、とりあえず年内の内に結納だけ交わして結婚式は翌年行うことに決めた。

 

 そしてその年の秋口であった。伯母は、入院していた病院でひっそりと息を引取った。     


 伯母は、私にとってはある意味、母の代わりのような存在であった。

 私は、小学校三年生に進級する年の四月に、両親と、伯母が住んでいたこの家に引っ越してきた。

 伯母の夫はその前年に亡くなっており、また伯母夫婦には子供もおらず、親族が話し合い、私の父が面倒を見ることに決まったためだった。

 

 その当時、私の両親はともに会社勤めをしており、二人とも帰宅する時間は遅かった。そのため、学校から帰った私の面倒を見てくれたのは伯母だった。伯母は子供がいなかったこともあり、私を自分の実の子供のように可愛がってくれた。


 私と伯母は久しく、壁際に仏壇が置かれた仏間に布団を敷き、枕を並べて寝ていた。

 今も時々、その当時の事を思い出すのだが、今でも心の奥底に印象強く残っているのが、深夜に聞こえてくる音の記憶だった。


 深夜遅くまでテレビを観ていて夜更かしをし、慌てて布団に入ってから眠りに落ちるまでの間、既に父も母も、そして隣に寝る伯母ももう寝入ってしまっている中、まどろみを覚えながらも独り、布団の中で耳に意識を集中させる。


 ()() …。と静まり返った家の中で、唯一聞こえる音は、上がりばたの畳の間の古ぼけた黒い振り子時計が、振り子を規則正しく カッチ、コチ、カチ … と振る音が、高く響いて耳に聞こえてくる音だけだった。

 

 この夜の静けさの中、屋外を満たす夜闇から家の中へと聞こえてくる音に無意識に耳を澄ませていると、午前零時丁度に、遠くの方から微かに聞こえてくるのは、私の通う小学校か、あるいは中学校の、 キン、コン、カン、コーン … と時を告げる鐘の音であった。

 この鐘の音の響きは、今の歳となっても『夜の音』の響きの音の記憶となり、幼少期の伯母と過ごした郷愁の記憶の一ページとして、今も強く私の心の底に残っている。


 実家の庭先には、今でも夏になると、グラジオラスの赤い花が沢山咲く。

 それを見る時、私は遠い日の、眩く暑い夏休みの午後、まだ小学生だった自分が実家の縁側に伯母と並んで座り、その花を一緒に眺めていたという記憶が鮮明に甦り、伯母の顔がグラジオラスの赤い花に重なって見えるのだった。


 

 二人は翌年の五月、予定通り結婚式を挙げた。

 新居は、妻の両親が老後に住む予定で建ててあった、隣町の分譲住宅地の一角にある家を借りることになった。

 

 結婚後直ぐに実家に入り、私の両親とそこで同居するという考えは、結婚したばかりの私達の頭にはなかった。長男、長女同士の結婚であったことが、それを先送りにしてしまった大きな理由だったのかもしれない。

 

 ただ、私の頭の片隅にはいつも、年老いた親との同居という思いがあったのも事実だった。いずれ子供が生まれたら実家に戻り、両親と同居するという考えは、漠然とではあるが常に持っていた。

 しかし、一度妻の両親が建てた家を借りて住んでしまうと、妻や、妻の両親に対する感情が複雑に絡み合ってしまい、自分の実家に戻るということを正直には言い出すことができずにいたのである。

 

 妻もまた、子供が生まれ、住む分譲地内に子供の友達ができて、同じ幼稚園、小学校へと通うようになってその両親たちと親しくなってくると、今住む場所を離れ、隣町の、しかも街から離れた山際にある私の実家に入るという提案には、中々、良い顔をしないというのもその理由の一つでもあった。

 


 今改めて思うと、その当時の自分の思慮の浅さが、()()()()()()を招いたのだという強い自責の念にかられるのだが、何れにせよ、そうしてただ時間だけが空しく経っていったのである。

 “ ╌ いつかは実家の家に帰り、そしてそこで両親と同居生活をする ╌ ”

 結果としてこの想いは、私の胸の奥にそのまま、ずっと仕舞われたままになっていったのだった。

 

 だが私も、そして父もまた、顔を合わせても、決して互いにその事を口に出すことはなかった。ただそうして、お互いにそれを心の奥に仕舞いこみ、ただじっとその時が来るのを待っていただけであった。

 

 振り返ると、その、妻の両親が所有する借家には約十年住んだことになる。しかしその間には、今思うと悲喜こもごもと、様々な出来事があった。


 

 私には男の子二人の子供がいる。

 長男は小学校四年生に、次男は今年一年生になったばかりだった。

 

 二人の個性は、同じ兄弟でも全く違っていた。

 長男はおっとりしていて自己中心的、いわゆる我がままタイプである。だが別の一面では、素直で責任感が強く、不器用ながらも頑張り屋という面も持っている。

 次男は、歳の割にはしっかりとした頑張り屋さんで、一人で放って置いても、何とか自分だけの力で生きていけるような、たくましさと力強さを持っていた。

 

 私に言わせると、

 「長男はやはり、自己中心的で我がままになるのかな? 猫かわいがりをした覚えはないのだが …」  

 「俺の小さい時の性格に似ているかもしれない。長男の宿命だな。やっぱり親子だからなのかな」

 「次男はいつか家を出て、独立していかねばならないからな。自然と、しっかりするのかもしれない」

 「同じ兄弟でもこうも違うものかね。俺には兄弟がいないから良く分からないが、まあ、二人とも健康で素直に育ってくれれば良とするか」

 という事になる。

 

 だがこう言っても、私は二人の息子が好きで、可愛いと心から思っている。一緒に散歩したり、遊んだりすることが楽しみでもある。

 たまに、 “ 自分の遺伝子を受け継いでいるんだ ” と考えると、無性に感激してくることがある。父がかつて私に抱いていた想いも、こういう感じのものなのだろうなと、今は何となく解る気がしている。

 

 妻とは当然、血の繋がらない他人なのだが、子供たちは、自分の遺伝子という血を半分受け継いでくれている。

 ╌ “ 自分の、分身なんだ ” ╌

 私は父を亡くしてから特に、そう強く感じている。

 


 結婚後、子供ができたのを機に、妻はそれまで勤めていた臨床検査技師の勤めを辞め、専業主婦として家に入った。


 そしてその子育てが一段落ついた頃、妻は再び勤めに出ると言いだした。

 「家のローンもあって、貴方の稼ぎだけでは苦しいし …。私も、家にいても退屈だしね」

 「それに、お義母さんがいるから、子供たちの面倒を任せられるし」

 妻は、子育てをしながら通信教育のカリキュラムで、ホームヘルパー二級の資格を取得していた。

 

 「臨床検査技師の仕事は、もう駄目ね。専門学校に通って、せっかく苦労して国家試験を通ったのにね …」

 「今、大きな病院は自分のところに専門の臨床検査室を持っているし …、それに検査自体が全て機械化されつつあるのよ」「たまに検査技師の採用の募集があっても、今更この歳ではね …。若い新卒の子たちにはかなうわけもないし」

 「その点、これからは社会の高齢化が進んでいくでしょ。老人福祉関係の仕事が重要になってくると思うの …」これが、妻がその資格を取った理由だった。

 

 私はその妻の考えに、特に反対する気はなかった。彼女が思った通りに、真剣に打ち込める仕事に就ければいいと思っている。

 「体にだけは気をつけて」心の中でそっと、そう妻に向けて呟いている。

 今、妻はケアワーカーとして老人介護施設に勤めている。私の扶養家族としていられる範囲の収入だけ得られれば良いからと、パートとしての勤めではあるが。



 そして()()()()、忘れてはならない家族がいる。

 私の家では犬を飼っており、クリーム色の毛をまとったロングコートチワワの女の子で、名前を《のの》という。家族は、愛称の “ ののちん ” と呼んでいる。

 彼女の名前は長男が付けたもので、家に来てもらうための[結納金]も、チワワバブルの前だったのだが、それなりにしたのを覚えている。血統書付のお嬢様である。

 

 父が亡くなった年の暮れに飼い始めたのだが、私は、《のの》は亡くなった父の代わりだと思っている。飼うことを決めた時、妻は特に反対はしなかった。日頃妻が、「犬は苦手なの」と言っていたことも知っていた。

 ただ妻も、私がその年の夏に父を亡くし、精神的に落ち込んでいるのを毎日身近で見ていたから、私が「犬を飼おう」と言い出した時も、“ ╌ 彼の気持ちが慰められるなら ╌ ” という気持ちであったのだろうと思う。

 

 《のの》は、今年で二歳と六ヶ月になる。人間で言えば二十二、三歳くらいになるそうで、お年頃でもある。

 小さい内にしつけを教え込まなかったためか、よその賢い犬ができるような芸当は何もすることができない。それでも、私のことをご主人様と思ってくれているのか、私が言う事だけはよく聞くし懐いているようでもある。

 

 彼女は、家のリビングの片隅に置かれたサークルの中で飼われているが、私が仕事から帰ってくると、私が玄関を入る前に気配に気づいて、いつも大きな声で鳴いて家族に知らせてくれる。車の音で解るのか、あるいは私の匂いがするのか。

 

 「早く外に連れってよ! 散歩に行きたいの。オシッコが漏れそうだわ」と、言っているのかどうかは分からないが。潤んだ目で ジッ とこちらを見詰めている。

 私はそんな《のの》が好きだった。


 


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