第四話【地の巻・真相】暴かれた欺瞞と、洗脳の毒儀
カイルとの特訓が始まって数日。
俺たちは「地の巻」の仕上げとして、この国の土台がいつ、どのようにして腐り始めたのか?
その原点を探っていた。
「武蔵、これを見て……。書庫の奥、古い記録の断片を見つけたんだ」
カイルが震える手で差し出したのは、一部が焼け焦げた宮廷日誌だった。
そこには五年前、平和だった「ストーン王国」が「ハイシティ王国」へと変貌を遂げた、運命の数日間が記されていた。
『どれ……。ふむ、「王妃、隣国の司教と面会」「王、隣国の食糧支援を拒否」。
なるほどな。前世の乗っ取り劇と同じだ。
まずは親切な顔をして近づき、断られたら逆恨みを装って内部から壊す』
「お父様……ストーン王は、隣国の教団が提示した『聖なる種もみ』を断ったんだ。
あれを植えると土地が清められると言われていたけど、お父様は『依存の始まりだ』と見抜いていた。
そうしたら、その直後に……」
『「王が隣国の善意を無下にし、民を飢えさせようとしている」という噂が流れた。そうだろ?』
カイルは力なく頷いた。
「そう。お母様はその噂を信じ込んじゃったんだ。教団の司教が母様にだけ、特別な『祈りの香』を捧げるようになってから、母様はどんどん変わっていった……。お父様をスパイだと罵り、追放して……」
『その「香」が諸悪の根源だな。カイル、今夜は現場検証だ。女王の寝室の隣、司教が入り浸っている「調香室」へ潜入するぞ』
「ええっ!? そんなの、見つかったら今度こそ死刑だよ!」
『バカを言え。お前は部屋で「勉強」してろ。潜入は俺一人……いや、一匹でやる。
経営者の基本は「現場主義」だ。一次情報を取らずに戦略は立てられん』
深夜の王宮。
俺は猫特有のしなやかな動きで、通気口から司教の隠れ部屋へと忍び込んだ。
部屋の中には、異様な甘ったるい香りが立ち込めている。喉が焼けるような、それでいて意識を強制的に陶酔させる、不気味な匂いだ。
(……これか。ただの香じゃない。魔力が込められた、一種のドラッグだな)
部屋の奥では、黒い法衣を纏った司教が、第一王子ゼクスと密談していた。
俺は影に溶け込み、耳を澄ます。
「……司教様、母上の様子はどうですか? 最近、たまに正気に戻りそうになるようですが」
「案ずるな、ゼクス王子。魔香の濃度を上げれば、女王は永遠に我らの傀儡だ。
ストーン王の残党も、スパイ防止法で次々と処刑している。
この国はもうすぐ、我が教団の『聖なる農場』となる……」
「ククク……。母上が死ねば、次は私が王だ。教団には十分な『献金』を約束しましょう」
俺は暗闇の中で、鋭く目を光らせた。
(腐ってやがる。役員が外部の反社と組んで、現社長を薬漬けにして会社を切り売りしようとしているわけだ。前世で見た「M&Aの失敗例」の中でも最低最悪の部類だな)
潜入を終え、カイルの部屋に戻った俺は、彼にすべてを話した。
司教の狙い。女王を薬で操っている事実。そして、第一王子が国を売ろうとしていること。
「そんな……兄さんまで……。お母様は、病気なんだね。
自分の意志で僕たちを捨てたんじゃないんだね……」
カイルの瞳から、大粒の涙が溢れ出した。それは悲しみというより、母への絶望が「病のせいだった」と知ったことによる、微かな救いの涙だった。
『泣いている暇はないぞ、カイル。現状(地)は把握した。
敵は女王の意識を奪い、民の財産を「スパイ防止」という名目で没収し、教団へ横流ししている。
組織の全資産が、外部へ流出している状態だ』
「どうすればいい、武蔵……。僕一人じゃ、司教にも兄さんにも勝てない」
『勝てるさ。敵は「組織の不備」を突いてきた。なら、俺たちは「組織の再建」で対抗する。
五輪書「地の巻」の仕上げだ、カイル』
「仕上げ……?」
『敵には目や耳が多い。だが、奴らはこの王宮を支配しているつもりで、一番身近な存在を無視している。……おい、カイル。窓を開けろ。俺の「社員」たちを紹介してやる』
カイルが不思議そうに窓を開けると、月明かりの下、屋根の上や庭の隅に、数十の「黄金の光」が並んでいた。
「わっ……猫がいっぱい……」
『そうだ。王宮に住み着く野良猫たちだ。奴らは司教の部屋の会話も、騎士団の移動も、すべて知っている。……いいか、カイル。今夜から、この猫たちが俺たちの「スパイ・ネットワーク」になる』
俺は屋根の上に立ち、猫たちに向かって鋭く鳴いた。
『野郎ども、よく聞け! 今日からお前たちは、このダメ社長……いや、軍師武蔵の配下だ!
報酬は特上の魚と、この国の「再生」だ!』
猫たちが一斉に鳴き声を上げ、カイルの部屋を囲んだ。
一人の少年王子と、一匹の元社長猫、そして無数の野良猫軍団。
「地の巻」を終え、不確かな土台の上に、かつてない隠密組織が産声を上げた。
『さあ、カイル。次は「水の巻」だ。柔軟に、かつ冷徹に、敵の物流をぶち壊しに行くぞ!』
「……うん、軍師殿!」
少年の瞳から、迷いが消えた。
ハイシティ王国を蝕む闇に、猫たちの鋭い爪が食い込もうとしていた。
TBC




