第二十八話【空の巻・還御】スパイ防止法という名の「嘘」
司教が消滅し、洗脳の霧が晴れた王宮。
そこにはもはや、恐怖で民を支配する「ハイシティ女王」の姿はなかった。
空中庭園に跪く彼女を、カイルと俺武蔵猫、そして駆けつけたバートランド卿が見つめていた。
かつてのスパイ防止法という名の「嘘」が、真実の風によって吹き飛ばされた今、残されたのは「清算」の時だった。
『カイル、経営再建の最終段階だ。古い体制の責任を明確にし、歪められた歴史を正す。
「負の遺産」を隠したままでは、新しいサンライズ王国というブランドは成立せん。
女王に引導を渡し、父君の誇りを取り戻せ』
「……わかっているよ、武蔵」
第一の儀:ハイシティ女王の退位
数日後、王宮のバルコニーに再び姿を現した女王ハイシティ。
しかしその表情は、かつての狂気に満ちた威圧感ではなく、深い後悔と慈愛に満ちていた。
広場を埋め尽くした民衆と、屋根の上を埋め尽くした「千の目」の猫たちが、固唾を飲んで見守る。
「民よ、聞きなさい」
彼女の声は、魔法の増幅なしでも、凛として王都に響いた。
「私は司教の甘い言葉に惑わされ、最愛の夫ストーンの遺志を裏切り、あなたたちを傷つけた。
スパイ防止法という鎖で心を縛り、この国を闇に突き落とした責任は、すべて私にあります」
どよめきが広がる。
しかし、それは怒りではなく、ようやく「真実」を語るリーダーを認めた驚きだった。
「私は今日、この座を退きます。残りの人生は、亡き夫への供養と、私が壊したこの国への償いに捧げます。次なる王は、我が息子、カイル。彼こそが、猫の賢者とともに闇を払い、真実の剣を抜いた真の継承者です!」
彼女は自ら冠を脱ぎ、カイルの前に置いた。これが、ハイシティ王国の終焉と、責任ある「勇退」の儀式だった。
第二の儀:ストーン王の汚名返上
『カイル、次だ。司教が捏造した「ストーン王は弱く、国を売ろうとした」という偽情報を、根本から覆せ。情報の「リブランディング」だ』
カイルは一歩前に出て、聖剣を空高く掲げた。
「みんな! ずっと言えなかった真実を伝える!
僕の父、ストーン王は、決して弱くなんかなかった!
彼は、隣国と争うのではなく、共に栄える『共生』の道を模索していた。
司教たちは、その平和を『スパイ行為』と呼び変え、父を貶めたんだ!」
カイルの合図で、黒鉄たち猫軍団が王宮の塔から巨大な垂れ幕を落とした。
そこには、猫たちが命がけで回収してきた「ストーン王の真の外交日誌」の内容が、大きく、誰にでも読める文字で書き写されていた。
「父が目指したのは、恐怖のない国だった。スパイ防止法なんてなくても、お互いを信じ、助け合える国。……今日、ここに宣言する! ストーン王は、この国の最大の英雄であり、僕たちの誇りだ!」
その瞬間、広場から地鳴りのような歓声が上がった。
「ストーン様! カイル様!」
「嘘は消えた! 真実はここにあるぞ!」
民衆の目には涙が浮かんでいた。
長年、大好きだった先王を「裏切り者」と信じ込まされていた苦しみから、ようやく解放されたのだ。
第三の儀:空の巻の極意「無一物」
『……ふぅ。これで「過去の清算」は完了だ。
カイル、五輪書「空の巻」には「迷いなき心を空と知る」とある。
執着も、恨みも、すべてこの空に流してしまえ』
カイルは俺をそっと撫でた。
「武蔵、ありがとう。母様を殺さずに、でも責任を取らせることができた。
父様の名前も綺麗にできた。……僕、今、すごく心が軽いよ」
『それが「空」の境地だ。
何もないのではなく、すべてを受け入れ、新しい一歩を踏み出すための静寂だ』
退位したハイシティ前女王は、バートランド卿に守られながら、静かに奥宮へと下がっていった。
彼女の背中は小さく見えたが、その足取りは、偽りの女王として君臨していた時よりもずっと力強かった。
王宮の空に、新しい太陽が昇る。
かつての「スパイの巣窟」と呼ばれた国は、今や「真実の光が降り注ぐ地」へと生まれ変わった。
「ニャ(大将、いい仕事したぜ。これで明日から、ストーン様の銅像の前で堂々と昼寝ができるな)」
黒鉄が伸びをしながら鳴いた。
『ハッ、昼寝はまだ早いぞ、黒鉄。新しい王の「即位式」の準備が山積みだ。
カイル、行くぞ。サンライズ王国の最初の法律を、俺と一緒に作るんだ』
「うん! まずは……『全ての猫に美味しい魚と、暖かい寝床を』だね、武蔵!」
『おい、公私混同はやめろと言っただろう(笑)』
猫の軍師と王子の顔には、前世の経営者も、無能王子も知らない、晴れやかな笑顔が浮かんでいた。
TBC




