第二十七話【風の巻・解呪】スパイ防止法と相互監視で組織は腐る
司教は消え、魔石は砕けた。
だが、空中庭園の空気には、まだ教団が数十年かけて染み込ませた「他流派」
すなわち、人々を疑心暗鬼に陥らせる「虚偽の兵法」の残滓が、薄汚い霧のように漂っていた。
『カイル、気を抜くな。五輪書「風の巻」には「他流を知りて、自流を知る」とある。
司教という教祖が消えても、奴が植え付けた「カルトの嘘」という思考の癖は、まだ女王や民の心にこびりついている。最後の一撃は、剣ではなく「言葉」だ』
俺武蔵猫は、カイルの足元で、未だに「私はスパイに唆された大罪人だ……」と震える女王ハイシティを仰ぎ見た。
「武蔵、そうだね。お母様を、そしてこの国を本当に救うには、司教の論理そのものを論破しなきゃいけないんだ」
風の巻:他流派の正体を暴く
女王ハイシティは、地面に這いつくばりながら、消滅した司教がいた場所を見ていた。
「カイル、聖剣の光は眩しいけれど、私の心はまだ暗いの。
あの人が言っていた『スパイはどこにでもいる』
『人は誰も信じられない』という声が、耳から離れないのよ……」
これこそが教団の「他流派」恐怖による統治の神髄だ。
俺はカイルの肩に飛び乗り、女王の瞳をまっすぐ見つめるよう促した。
『カイル、五輪書の教えを説け。
奴らのやり方が、いかに矮小で、いかに「兵法の道」から外れていたかを!』
「お母様、よく聞いてください。司教が言っていた『スパイ防止法』や『相互監視』。
それは、国を強くするための法ではありませんでした。
それは、組織を腐らせ、競争力を奪う『病』だったんです」
カイルは聖剣を地面に突き立て、堂々と語り始めた。
「五輪書は教えてくれました。真の強さとは、敵を疑うことではなく、己の拍子を整えること。
司教は、民を疑わせることで、自分たちを『唯一の正解』に仕立て上げた。
でも、それは他人の足を引っ張るだけの『負の経営』です。
そんなもので国が豊かになるはずがない!」
洗脳の霧を晴らす一撃
カイルの言葉が、風の巻の極意「他流の浅薄さを知る」ことによって、女王の心に楔を打ち込んでいく。
「司教の流儀は『縮小の兵法』です。
一方、僕が武蔵から学んだのは『拡大の兵法』だ!
猫も人間も、商人も騎士も、それぞれの個性を活かし、大きな流れを作る。
お母様、あなたが恐れていたスパイなんて、どこにもいなかった。
いたのは、ただ、愛を求めて怯えていたあなたの民だけだったんです!」
その瞬間、女王の脳裏に、司教が植え付けた「スパイの幻影」がガラガラと崩れ落ちるイメージが走った。
「……ああ……。そうね……。私は、自分の影を恐れて、隣人を斬っていたのね……」
女王の目から、どす黒い涙が溢れ出した。
それは、長年彼女の精神を縛っていたカルトの魔力の最後の一滴だった。
空中庭園に、澄み切った本物の「風」が吹き抜けた。
風の巻:己が真実の確立
『よし、カイル。他流の嘘を暴き、己の正道を貫いたな。これが風の巻の奥義だ。……見ろ、下を』
カイルがバルコニーから見下ろすと、王都を覆っていたどんよりとした雲が晴れ、水源から流れる「真実の水」を飲んだ民衆たちが、互いに手を取り合っている姿が見えた。
「武蔵、みんなの顔が見えるよ。もう誰も、隣の人を怯えた目では見ていない」
『ああ。スパイ防止法という「他流」は、今日この瞬間、サンライズ王国の「信頼の経営」に敗北したんだ。……さあ、宣言しろ。この風に乗せて、新しい時代のルールを!』
カイルは聖剣を抜き放ち、風に向かって叫んだ。
「これより、ハイシティ王国のすべての負の遺産を廃棄する!
スパイ防止法は廃止だ! 密告は禁ずる!
代わりに、互いを助け合い、報告・連絡・相談を徹底する
『信頼の法』を公布する!」
その宣言は、風に乗って王都の隅々まで届いた。
「ニャア(大将、いい風が吹いてきたじゃねえか)」
黒鉄が、風に髭を揺らしながら満足げに鳴いた。
カルトの嘘という深い霧は、カイルが掴んだ「自流(真実)」の光によって、跡形もなく消え去った。
女王ハイシティは、震える手でカイルの裾を掴み、ようやく「母親」としての顔で微笑んだ。
「……ありがとう、カイル。そしてその不思議な猫さん。
あなたたちが、この国を……私を救ってくれたのね」
『……フン。礼なら、これから始まる「再建(リストラ後の再生)」で返してもらうぞ、元社長』
俺は少し照れ臭くなりながら、カイルの肩で丸くなった。
「風の巻」が終わり、物語はいよいよ最終局面
すべての理が一つに帰す「空の巻」へと向かう。
サンライズ王国の空は、どこまでも高く、どこまでも澄み渡っていた。
TBC




