第二十六話【空の巻・乾坤】最高のコンサルティング
空中庭園に吹き荒れる風は、もはや自然のものではなかった。
司教の手の中で、紫黒色の魔石が脈打ち、周囲の空間を歪ませている。
女王ハイシティはカイルの足元で崩れ落ち、かつての「母」としての正気を取り戻しつつあったが、その代償として絶望に打ちひしがれていた。
『カイル、前世の修羅場でも最後はこうだ。
追い詰められた独裁者は、市場(世界)ごと心中しようとする。
だが、五輪書「空の巻」には「迷いなき心」こそが最強の武器とある。
お前の肩には俺が、背中には万の猫と民がいる。行くぞ!』
俺武蔵猫は、カイルの肩に爪を立て、意識を極限まで研ぎ澄ませた。
「……ああ。これで全部、終わらせる!」
第一の合戦:魔の奔流
「死ね! 泥に塗れた王族どもめ! この国の魂は、私が邪神に捧げてやる!」
司教が吠えると同時に、魔石から無数の「影の触手」が解き放たれた。
それは蛇のようにうねり、カイルを八方に引き裂こうと迫る。
『カイル、左の拍子だ! 「水の巻」を思い出せ! 敵の攻撃を受け流し、中心を突け!』
カイルは聖剣を翻し、最小限の動きで触手を斬り捨てた。
黄金の光跡が空中を走り、闇を浄化していく。
だが、司教は狂ったように笑い続け、さらに巨大な闇の球体を形成した。
「ハハハ! 聖剣ごときで、民の絶望と私の怨念が混ざり合ったこの力を防げると思うか!」
闇の球体が膨れ上がり、空中庭園の石床を粉砕していく。
『フン、絶望だと? 笑わせるな。黒鉄! ハナ! 合図を送れ!』
俺の号令とともに、王宮の壁を駆け上がってきた数千匹の猫たちが、一斉に鳴き声を上げた。
「ニャアアアアア!!」
それはただの鳴き声ではない。
猫たちが街中から持ち帰った「人々の希望」と「中和剤の残り香」を、
音の振動に乗せて司教へぶつける「精神の波動」だった。
司教の闇が一瞬、揺らぐ。
第二の合戦:武蔵の一閃
「今だ、カイル! 奴の懐に飛び込め!」
カイルは弾かれたように突進した。
だが、司教の前に肉厚な魔力の盾が展開される。
「無駄だ! 近寄らせん!」
『甘いな。経営も戦いも、「二段構え」が基本だ!』
俺はカイルの肩からバネのように飛び出した。
空中、司教の死角。
俺は前世で培った「危機管理の先読み」をフル稼働させ、司教が魔力を集中させている「魔石の継ぎ目」を見抜いた。
「ニャアッ!」
俺の爪が、司教の右手に握られた魔石を鋭く弾く。
「なっ、この畜生がぁぁ!」
司教の意識がコンマ数秒、俺という「猫」に逸れた。
五輪書「火の巻」の極意――「敵を驚かす」。
司教という傲慢な経営者は、一匹の猫が自分の全能の力を揺るがすなど、夢にも思っていなかった。
その油断が、致命的な隙を生んだ。
第三の合戦:空を斬る聖剣
「司教! これが、僕たちの新しい夜明けだ!」
カイルは聖剣を両手で握りしめ、天高く掲げた。
聖剣の光は、王都中の民衆の声、そして猫たちの鈴の音を吸収し、太陽そのもののような輝きを放つ。
『カイル、余計な思考を捨てろ。「空」になれ。お前が剣で、剣がお前だ!』
カイルの瞳から迷いが消え、透き通った青色が司教を射抜いた。
聖剣が振り下ろされる。
それは、物理的な「断ち切り」ではない。
司教が築き上げてきた「スパイ防止法」という名の偽り、呪い、
そして国民を縛っていた「恐怖の因果」そのものを断ち切る一撃だった。
ズバァァァァァァン!!
黄金の光が司教を貫き、彼が持っていた魔石は粉々に砕け散った。
「あり得ぬ……私の帝国が……私の神がぁぁぁぁ……!!」
司教の体は、自分が集めた闇に飲み込まれるように霧散していった。
彼を支えていた教団の邪悪な魔力は、王都の清らかな水と聖剣の光によって、完全に中和され、消滅した。
嵐が止んだ。
空中庭園には、朝日の柔らかな光が降り注いでいた。
カイルは聖剣を杖代わりに、肩で息をしていた。
俺は着地し、フラフラになりながらも彼の足元に歩み寄る。
「終わったんだね、武蔵」
『ああ。完全勝利だ。不採算部門(教団)の清算完了、経営陣(女王)の更生、そしてブランドイメージ(王家の信頼)の回復。最高のコンサルティングだったな』
カイルは俺を抱き上げ、ぐちゃぐちゃの顔で笑った。
その視線の先には、王宮を取り囲む民衆たちが、聖剣の光を見て歓喜の叫びを上げている姿があった。
「ニャ(大将、王子。お疲れさん。最高にカッコよかったぜ)」
黒鉄が、ボロボロになりながらも誇らしげに鼻を鳴らす。
カイルは女王ハイシティへ歩み寄り、彼女を支えて立ち上がらせた。
「お母様。一緒に行こう。みんなが待っている、僕たちの新しい国へ」
一匹の猫の軍師と、かつて無能と呼ばれた王子。
彼らの逆転劇は、今ここに、ハイシティ王国の終焉と、サンライズ王国の建国という、最高のフィナーレを迎えたのだ。
TBC




