第二十三話【水の巻・清流】スパイ防止法という名の「毒」を洗い流せ
街中の鐘が鳴り響き、民衆の心に「勇気」の火が灯った。
だが、長年にわたって教団が振りまいてきた「魔香」と、
人々の精神を蝕む「洗脳の澱」は、単なる熱狂だけでは完全には消し去れなかった。
一部の民衆や衛兵たちは、未だに教団への恐怖からくる禁断症状に震え、虚ろな目で互いを疑い続けていた。
『カイル、最終的な「デトックス(組織の浄化)」が必要だ。
心の火を燃やすためには、まずその燃料となる体からカルトの毒を抜かねばならん。
水の巻の極意 「水は万物に浸透し、汚れを運び去る」だ』
俺武蔵猫は、カイルの肩の上で、王宮の裏手に位置する巨大な「王都貯水池」を指差した。
ここから流れる水は、王都のすべての家々、すべての井戸へと繋がっている。
「武蔵、オーウェン商会が作ってくれた『真実の薬(中和剤)』だね。
これを水源に流せば、街中の人たちの洗脳が解けるんだ」
『そうだ。だが、貯水池の管理塔には、まだ教団の狂信的な魔術師たちが立てこもっている。
人間が近づけば、すぐに気づかれて毒を混ぜられるだろう。ここで動けるのは、影を走る俺たちだけだ』
潜入:水上の隠密行
カイルは、バートランド卿の部隊を陽動として管理塔の正面へと向かわせた。
その隙に、俺と黒鉄、そしてハナ率いる「千の目」の精鋭たちが、薬の瓶を背負って水路を泳ぎ、管理塔の内部へと侵入した。
「ニャ。大将、ここが心臓部だ。この巨大な濾過槽に薬を叩き込めば、一時間で王都全土に『真実』が届くぜ」
黒鉄が、水面に浮かぶ巨大な歯車を指差した。
しかし、そこには教団が放った最後の番犬
魔力で巨大化した「人喰いワニ」が、濁った水の中から目を光らせていた。
『ハッ、大型案件にはトラブルが付きものだな。
野郎ども、猫の「拍子」を見せてやれ! 薬を守り抜き、この池を清めろ!』
決戦:浄化の雫
ワニが巨大な口を開けて襲いかかる。猫たちは水面を跳ねるように移動し、ワニの注意を逸らした。
その隙に、ハナたちが背負っていた瓶の封印を解き、次々と濾過槽へと投げ込んでいく。
パリン、パリン!
瓶が割れるたびに、どす黒く濁っていた水が、瞬時にクリスタルのような輝きを取り戻していく。
中和剤が魔力を吸い取り、呪いの成分を分解していくのだ。
『今だ、仕上げだ! 循環ポンプを最大にしろ!』
俺はワニの鼻先に飛び乗り、爪でその目を塞いだ。
ワニが狂ったように暴れ回り、その衝撃で管理塔の古いレバーが押し下げられた。
ゴォォォォォン!!
激しい音と共に、浄化された「真実の水」が、王都の地下水脈へと一気に流れ出した。
真実の浸透:王都の目覚め
街では、異変が起きていた。
井戸から水を汲んだ人々、水路で顔を洗った兵士たちが、一様に動きを止めた。
「あ、あれ? 俺、今まで何をしていたんだ……?」
「どうして、あんなに隣人を疑ってスパイ防止法で密告していたんだろう。ああ、頭が急にスッキリした!」
水の滴が肌に触れるたび、人々の脳裏にこびりついていた教団の「嘘」が剥がれ落ちていく。
洗脳の霧が晴れ、本当の記憶と感情が戻ってきたのだ。
王宮のバルコニーで見守っていたカイルは、街中の人々が次々と正気に戻り、互いに抱き合い、あるいは自分の過ちを悔いて涙を流す光景を目にした。
「すごいよ、武蔵。水が、みんなを救ってくれている」
『当たり前だ。経営の健全化とは、まず「淀んだ流れ」を清めることから始まる。
猫たちが運んだこの一滴一滴が、新しい王国の基礎になるんだ』
王都を流れる水は、もはや教団の支配の道具ではなかった。
それは、人々の心を繋ぎ、嘘を洗い流す「再生の象徴」へと変わったのだ。
管理塔から戻ってきた俺たちは、びしょ濡れになりながらも、誇らしげにカイルの元へ集まった。
黒鉄が俺の肩を叩く。
「ニャ。大将、これで王都の胃袋と心臓は完全に洗浄完了だぜ」
『ああ。カイル、これでスパイ防止法という名の「毒」は、この国から完全に消え去った。
さあ、いよいよ最後の仕上げだ。この国の「新しい形」を世界に示すぞ』
カイルは聖剣を腰に差し、俺をそっと抱き上げた。
水源から溢れ出す清らかな水は、太陽の光を反射してキラキラと輝き、滅びゆく「ハイシティ」の残骸を優しく押し流していった。
サンライズ王国の建国は、この清らかな一滴から、真の意味で始まったのである。
TBC




