第二十話【火の巻・断脈】カルトの心臓部を干上がらせろ
玉座の間から響く司教の呪詛と、傷ついた俺を抱きしめるカイル。
状況は切迫していたが、俺武蔵猫は薄れゆく意識を叱咤し、
カイルの耳元で最後の「兵法(経営戦略)」を囁いた。
『カイル……よく聞け。司教が邪神を招喚しようとしているのは、彼らの「最後のプロジェクト」だ。
だが、大規模な魔術(事業)には莫大なエネルギー源……つまり「魔力を含んだ金」と「触媒」が必要になる。奴らの「キャッシュフロー」を断てば、その魔術は不発に終わる……!』
「資金源を断つ……。でも武蔵、この場でどうやって?」
『前世の倒産現場と同じだ。債権者(協力者)たちに合図を送れ。物流を止めるんだ!』
物流の遮断 オーウェン商会の総力戦
カイルは、俺が授けていた「緊急信号用の笛」を全力で吹いた。
その音は、猫たちのネットワークを通じて王都中の協力者たちへ、瞬時に伝播した。
王都の外郭、教団の専用倉庫。
そこには、司教が儀式に使うための「純度の高い魔石」と「特殊な触媒」を積んだ馬車が待機していた。これが玉座の間に届けば、儀式は完成し、女王の命は吸い尽くされる。
「よし、野郎ども! 出番だ!」
オーウェン商会の会長が叫んだ。
商会の屈強な運び屋たちと、地下の残党たちが一斉に倉庫を襲撃した。
だが、彼らは力で奪うのではない。俺の「物流遮断」の策はもっと巧妙だった。
「この荷物は『スパイ防止法』に基づき、教団内部の不正調査のために一時差し押さえる! 司教様からの直々の『偽の命令書』もここにある!」
猫たちが事前にすり替えておいた偽の公文書。役人たちは困惑し、馬車の車輪は止められた。
さらに、道中には「千の目」の猫たちが数百匹、わざと馬の足元を横切り、進軍を物理的に停滞させた。
経営的兵法 資本の枯渇
王宮の玉座の間。
司教は血走った目で祭壇に魔力を注ぎ込んでいた。
「なぜだ! なぜ『魔力の供給』が止まった!
予定では今頃、隣国から運び込まれた魔石が届いているはずなのに!」
司教が叫ぶ。祭壇の輝きが、次第に弱まっていく。
邪神の招喚という巨大な魔術は、一秒ごとに膨大なコスト(魔力)を消費する。
供給が断たれれば、それは自壊を始める「赤字プロジェクト」と同じだ。
『……ハッ。司教、お前の「負債(罪)」が、ついに利息を払いきれなくなったんだよ』
カイルは俺を安全な物陰に置くと、ついに玉座の間の巨大な扉を蹴破った。
「そこまでだ、司教! あなたの資金源も、物流ルートも、すべて僕たちが押さえた!」
「カイル……! 貴様、何をした!?」
「商会はもう、あなたに一ペニーも払わない。軍もあなたをスパイと見なしている。
あなたは今、この国で最も孤独な『破産者』だ!」
火の巻 決戦の火蓋
司教は絶望と怒りで顔を歪めた。
「ならば、その減らず口ごと焼き尽くしてやる!
供給が足りぬのなら、この場にいる者すべての命を薪にするまでだ!」
司教が自らの生命力を削り、無理やり魔術を暴走させようとする。
玉座に縛り付けられた女王ハイシティが、苦悶の声を漏らす。
その体から、黄金色の生命の光が吸い出され始めた。
『カイル、最後の仕上げだ! 物理の攻撃ではない。
奴に「現実」という最大の一撃を食らわせろ!』
カイルは剣を抜かなかった。
代わりに、懐から一枚の「署名済みの書状」を取り出した。
それは、女王の意識が混濁する前に、カイルが「千の目」の協力で用意させ、オーウェン商会と軍、そして民衆が連名で記した『新国家・サンライズ王国・設立趣意書』だった。
「司教、これが民の声だ。
あなたの『ハイシティ王国』というブランドは、もうどこにも存在しない。
あなたは、存在しないもののために戦っているんだ!」
「認識のズレ」を突く、精神的な一撃。
司教は一瞬、動きを止めた。その「拍子」を見逃さず、カイルは女王を縛る魔力の糸へ駆け寄った。
物流を断たれ、資本を失い、大義名分まで剥がされた教団の魔術は、黒い霧となって霧散していった。
司教は叫び声を上げながら、崩壊する祭壇の光の中に飲み込まれていく。
「……あり得ぬ! この私が……一匹の猫と、無能王子ごときに……!」
爆風が吹き荒れ、玉座の間は静寂に包まれた。
カイルは、拘束から解放されて倒れ込んだ女王、自分の母親を、しっかりと受け止めた。
「お母様。……もう、大丈夫だよ」
女王ハイシティの瞳から、濁った光が消え、一筋の涙が流れた。
「火の巻」の戦いは、敵を焼き尽くすのではなく、敵の「基盤」を消し去ることで終結した。
だが、まだ戦いは終わっていない。
『……ふぅ。カイル、よくやった。
あとは、この倒産した国を、どう立て直すか(V字回復させるか)だな』
俺は痛む体を引きずりながら、王子の肩へと這い上がった。
窓の外には、新しい夜明けの光が差し込んでいた。
TBC




