第十八話【火の巻・反間】スパイ防止法という悪法に溺れ共食いを始める毒蛇たち
情報の奔流によって軍の足並みは乱れた。
だが、教団の幹部たちは依然として王宮の最深部に陣取り、強固な防衛線を敷いている。
正面突破は味方の犠牲が多すぎる。
『カイル、前世の倒産寸前の会社でも、経営陣が最後にやるのは「責任のなすりつけ合い」だ。
奴らが作ったあの呪わしい「スパイ防止法」
今こそ、奴ら自身の首を絞める絞首刑の縄として使ってやるぞ』
俺武蔵猫は、カイルの肩に乗り、地下水路を通じて王宮の「中枢通信室」へと潜入していた。
「武蔵、敵の法を逆手に取るって、具体的にどうするの?
司教も兄さんたちも、お互いを信じ合っているわけじゃないけど利害だけは一致しているはずだよ」
『利害こそが最大の弱点だ。五輪書「火の巻」には「敵を動かすこと」が肝要とある。
黒鉄、例の「偽装工作」を開始しろ!』
第一の手 偽の密告状
俺たちはまず、「千の目」の猫たちを使い、教団幹部それぞれの部屋に「他者が自分を裏切っている」という証拠をバラ撒いた。
第一王子ゼクスの机には、司教が作成したとされる「王子を暗殺し全権を教団が握るための覚書」を。
司教の枕元には、ゼクス王子が書いたとされる「教団をスパイ容疑で一斉検挙し、財産を没収するための極秘指令」を。
これらはすべて、猫たちが筆跡を模倣し、オーウェン商会が用意した特殊なインクで仕上げた「本物以上に本物らしい」偽造書類だ。
『カイル、ここからが「スパイ防止法」の出番だ。
あの法には「密告があれば、証拠不十分でも即刻拘束できる」という凶悪な条項がある。
奴らが他人を消すために作ったルールを、自分たちに適用させてやるんだ』
第二の手:疑心の連鎖
作戦はすぐに効果を現した。
王宮の廊下で、ゼクス王子と司教が鉢合わせる。
普段なら狡猾に笑い合う二人だが、今日の瞳には互いへの殺意が混じっていた。
「司教、貴様の懐にあるのは隣国への亡命申請書ではないか?
スパイ防止法違反の疑いがある。調べさせてもらおう」
ゼクスが剣の柄に手をかける。
「おやおや、王子。それを言うならあなたの私兵が私の神殿に火を放とうとしていた報告を受けておりますぞ。それこそが、神を欺く最大の不敬 スパイ行為ですな」
二人の背後に控える私兵や教団員たちが、一斉に武器を構える。
その様子を天井の梁から見下ろしていた俺は、カイルに合図を送った。
『(カイル、仕上げの「追い込み」だ。彼らの連絡係(伝令)をすべて遮断しろ)』
猫たちが王宮中の伝令走者を「猫の集団による妨害」で立ち往生させる。
報告が届かない、確認が取れないという不安が、閉鎖空間である王宮内で爆発的に膨れ上がっていく。
「司教が私を殺そうとしている!」
「王子が教団を裏切った!」
恐怖は理性を焼き尽くした。
ついには、司教の側近の一人が、保身のために「スパイ防止法」を叫んでゼクスの部下を刺した。
それを合図に、王宮の中枢で教団対軍部の「共食い」が始まったのだ。
火の巻:内側から燃え落ちる城
「信じられない。あんなに強固だった彼らの結びつきが、たった数枚の紙でバラバラになるなんて」
カイルは、混乱する廊下を影から見つめて愕然としていた。
『これが「反間の計」だ。
経営において信頼のないパートナーシップは、疑念という一滴の毒で崩壊する。
見ろ、カイル。奴らは国民をスパイとして疑い、苦しめてきた。
その呪いが、今、最も醜い形で自分たちに返ってきたんだ』
混乱に乗じて、俺たちは司教の執務室の金庫を物理的に破壊し(黒鉄の爪と、残党の爆薬だ)、
これまでの全犯罪記録を奪取した。
『これで、奴らの「法的な逃げ道」もなくなった。
残るは、狂気に囚われた女王陛下を救い出し、この茶番劇に終止符を打つことだ』
「うん。行こう、武蔵。お母様が、あの地獄のような共食いに巻き込まれる前に!」
王宮内は悲鳴と剣戟の音に包まれていた。
かつての恐怖の支配者は、今や自分たちが作り上げた「疑いの迷宮」で出口を失っていた。
だが、その最中。
血走った眼をした司教が、玉座の間へ向かって走り去るのが見えた。
「こうなれば……女王の命を糧に、邪神を招喚するしかない! こ
の国ごと、すべてを消し去ってくれるわ!」
『ちっ、逃がすか! カイル、追うぞ! これが最後の「火」だ。奴の自爆営業を止めるんだ!』
猫と王子の足音は、崩壊しつつある王宮の廊下を、光の方へと駆け抜けていった。
TBC




