第十七話【火の巻・情報攻め】カルト虚像の根を絶て
製薬室の張り詰めた空気の中、司教の冷笑が響く。
足元では魔力で強化された白猫、シャドウ・キャットが低く唸り、今にも飛びかからんとしていた。
「無能王子よ、貴様が何を吹きかけようと無駄だ。
夜明けの鐘が鳴れば、全軍は隣国へ向け進軍を開始する。
洗脳が解ける前に、この国は戦争の火に包まれるのだ」
司教の手から黒い魔力の波動が放たれようとしたその時、
俺武蔵猫はカイルの肩から、司教の顔面目掛けて飛び出した。
『カイル、中和剤を投げろ! 司教の鼻先だ!
経営における「情報攻め」とは、敵の通信網(五感)をジャックすることだ!』
「くらえ!」
カイルが投げつけた瓶が司教の足元で砕け、中和剤の霧が部屋中に広がった。
司教が咳き込み、魔力が霧散した隙に、俺たちは窓を突き破って外へと脱出した。
火の巻:物理ではなく「認識」を断て
王宮の外では、進軍の準備を進める兵士たちが並んでいた。
彼らの胸には、俺たちが細工をした「聖なる加護の御札」が配られている。
『カイル、バートランド卿の部隊に合図を送れ!
物理的な「兵糧攻め」には時間がかかる。
だが、情報の供給を断つ「情報攻め」なら、一瞬で組織をマヒさせられる』
わかった! オーウェン商会の出番だね!」
カイルが指を鳴らすと、王都中の「鐘」が不自然な拍子で鳴り響いた。
それは猫たちが事前に仕掛けていた「偽の伝令」の合図だった。
さらに、オーウェン商会が雇った「噂屋(語り部)」たちが、全軍の陣列の中でささやきを広める。
「おい、聞いたか? 隣国に攻め入るっていうのは嘘らしいぞ」
「司教が隣国と内通して、俺たちを罠に嵌めようとしているって噂だ」
「この『御札』を見てみろ。教団の紋章の裏に、不気味な呪いの文様が隠されているらしいぞ……」
兵士たちがざわめき出し、胸の御札をまじまじと見つめる。
そこへ、俺たちが吹き付けた「中和剤」の効果が現れ始めた。魔香の霧が晴れ、兵士たちの瞳に「自我」が戻っていく。
先手を取る:情報の攪乱と「拍子」の支配
『五輪書「火の巻」には「敵の崩れを知り、これに乗ずべし」とある。
カイル、今こそお前が表舞台に立つ「拍子」だ!』
カイルは、第一王子ゼクスが全軍に訓示を垂れようとしている演壇の脇、王宮のバルコニーに躍り出た。その隣には、バートランド卿がかつてのストーン王国の軍旗を掲げている。
「兵士諸君! 騙されるな! 君たちの剣は、誰を守るためのものだ!」
カイルの声が、拡声の魔法(猫たちが隠し持っていた魔導具)によって王都中に響き渡った。
「第一王子ゼクスと司教は、君たちの命を隣国へ売り渡し、その金で自分たちだけが逃げ出そうとしている! これを見ろ!」
カイルが掲げたのは、昨日盗み出した教団の「裏帳簿」と、隣国への「亡命計画書」の拡大写しだった。それをオーウェン商会の支援で、何千枚もの「号外」として、猫たちが空からバラ撒いたのだ。
「本当だ! ゼクス王子の名前で、俺たちの糧食費が司教の個人口座に振り込まれている!」
「家族への手紙さえ、教団に検閲されていたのか!?」
兵士たちの間に広がっていた「疑問」が、確信へと変わる。
「バカな! その紙は偽物だ! 誰か、あの無能王子を黙らせろ!」
演壇の上で、ゼクス王子が真っ赤になって絶叫する。
しかし、彼の私兵さえも、空から降ってくる「証拠」を拾い読みし、剣を握る手が震えていた。
情報攻めの真骨頂
『見ろ、カイル。これが経営における「透明性の暴力」だ。
隠し事が暴かれた組織は、一瞬で内部崩壊する。
敵が「戦争」という物理的な先手を取ろうとしたのに対し、
俺たちは「真実」という精神的な先手を突き立てたんだ』
進軍の隊列は完全に止まった。
兵士たちはゼクスの命令に従うどころか、逆に演壇を取り囲み、殺気立った声を上げ始めた。
「説明しろ、ゼクス王子! 俺たちの給料はどこへ消えた!」
「教団の犬になり下がったのは、貴様の方じゃないのか!」
「ひ、ひぃぃ……! 衛兵! 衛兵は何をしている!」
ゼクスが助けを求めるが、衛兵たちもまた、中和剤の効果で「自分が守るべき正義」を思い出し、動こうとはしなかった。
火の巻、激化
司教とゼクス王子は、自分たちが築き上げた「嘘の帝国」が、たった数枚の紙と、一匹の猫が率いる情報網によって崩壊していくのを見て、絶望の表情を浮かべた。
『だがカイル、安心するのはまだ早い。追い詰められたネズミは……いや、司教のようなカルトは、最後に「力ずく」の自爆営業を仕掛けてくる』
「わかっているよ、武蔵。でも、僕にはもう、迷いはない」
カイルは軍旗を握り直し、眼下の民衆と兵士たちに向かって宣言した。
「今日、ハイシティ王国は終わる! 明日の朝日は、僕たちの手で取り戻した『サンライズ王国』の上に昇るんだ!」
地響きのような大歓声が上がった。
情報の奔流によって、王国の闇が剥がれ落ちていく。
だが、王宮の奥深くでは、司教が最後の禁忌
「邪神の招喚」に手を染めようとしていた。
『偽のスパイ防止法を逆手に取り、奴ら自身の首を絞めてやるぞ!』
猫の瞳に、勝利への冷徹な「火」が灯っていた。
TBC




