第十三話【水の巻・激流】地下水路の死闘、闇を裂く爪
地下水路の拠点に、突如として訪れた静寂。
それは、嵐の前の不気味な静けさだった。
俺武蔵猫は、背後のカイルとバートランド卿に鋭く指示を飛ばした。
『カイル、バートランド! 残党たちに武器を取らせろ! 敵は魔力で強化されたスパイ猫だ。油断するな!』
「ニャアアアアーーー!!」
通路の奥から、無数の「赤い目」が迫ってくる。
それは、教団に操られ、生気を失った白猫たちシャドウ・キャットの軍勢だった。
彼らの背後には、教団の暗殺者たちが松明を手に、ゆっくりと進んでくる。
「武蔵、あれが……あの白猫たちが、シャドウ・キャットなんだね」
カイルは震える声で、しかししっかりと木剣を構えた。
『そうだ。彼らは司教の魔力によって、五感を強化され、痛覚も麻痺している。
だが、だからこそ「思考」がない。水の巻の極意、敵の「型」を見極め、そこに水を流し込むように攻撃しろ!』
第一波:猫同士の戦術
まず、俺たち「千の目」の猫たちが動き出した。
先頭を切るのは、黒鉄だ。彼は地下水路の構造を熟知している。
「ニャア!(野郎ども、左右の通路に散開しろ! 敵を中央に誘導する!)」
数百匹の野良猫たちが、一斉に暗闇へと散っていく。シャドウ・キャットたちは、ただ命令に従うだけの兵士のように、一団となって中央通路を進んできた。
『黒鉄、合図を送れ!』
俺の指示で、黒鉄が天井の梁から、地面に置かれていた木材の山を蹴り落とした。
ガランガラン!
木材が通路を塞ぎ、シャドウ・キャットたちは一瞬動きを止める。
その隙に、左右から待ち伏せていた「千の目」の猫たちが飛びかかった。彼らは魔力で強化されてはいないが、数と地の利、そして何より「知恵」があった。
彼らは敵の目を潰し、足を引っ掻き、体当たりで水路の深みへと突き落としていく。
だが、シャドウ・キャットたちは痛みを感じない。水に落ちてもすぐに這い上がり、再び襲いかかってくる。
第二波:王子と騎士たちの応戦
その頃、暗殺者たちがバートランド卿率いる残党たちに迫っていた。
彼らは剣を構え、残党たちへと襲いかかる。
「バートランド卿! 後ろは任せてください!」
カイルが木剣を構え、暗殺者の一人に斬りかかった。
「地の巻」で学んだ体幹、そして「猫流・五輪法」の動き。カイルの木剣は、暗殺者の予想を裏切る軌道で、奴の脇腹をかすめた。
「ぐっ……! 無能王子だと聞いていたが……!」
『そうだ、カイル! 敵の意識の外側を攻めろ! 敵は「王子は剣が苦手だ」という先入観に縛られている!』
バートランド卿もまた、老いた体ながらも経験に裏打ちされた剣術で暗殺者たちを迎え撃つ。
「カイル様、ご成長なされた! このバートランド、命に代えてもお守りいたします!」
しかし、暗殺者の数は多く、そして教団の魔術師が放つ闇の魔法が、残党たちを追い詰めていく。
第三波:軍師の策と、真のリーダーの覚醒
『……くそ、数が多すぎる。しかも、シャドウ・キャットの親玉がまだ来ていない。このままでは、ジリ貧だ』
俺は、天井の岩壁にぶら下がりながら、戦況を冷静に分析していた。
その時、通路の奥から、一回り大きく、全身にどす黒いオーラを纏ったシャドウ・キャットの首領――あの痩せこけた白猫が姿を現した。
「ニャアアアアア!!(愚かな獣どもめ! 貴様らの隠れ家も、今日までだ!)」
白猫は唸り声を上げ、魔力の波動を放つ。その波動は「千の目」の猫たちを怯ませ、残党たちにも激しい頭痛を与えた。
「くっ……! この魔力は……!」
カイルも膝をつきそうになる。
『カイル、正気に戻れ! お前が今、倒れるわけにはいかない!』
俺はカイルの頬を、軽く、しかし強く引っ掻いた。
「い、痛っ……!」
『痛みを感じられるお前が、思考を放棄するな! 五輪書「地の巻」には「一人で百人の敵と戦う術」とある。その術とは、敵を「視る」ことだ!』
カイルははっと顔を上げた。
その瞳が、闇の中で戦う俺や黒鉄、そして苦しむ残党たちを映し出した。
「敵を、視る……」
カイルは木剣を強く握りしめ、再び立ち上がった。
そして、白猫の首領の動きに、ある「規則性」を見出した。
「武蔵! あの白猫、攻撃の前に、必ず体を右にひねる癖がある!」
『さすがだ、カイル! それが「拍子」だ! 敵が次にどう動くか、お前の「観の目」が捉えたんだ!』
カイルは一呼吸置き、暗殺者たちの一人に向かって走り出した。
そして、暗殺者が剣を振り上げようとしたその瞬間、カイルは地面に転がっていた空の酒瓶を拾い上げ、白猫の首領の額目掛けて投げつけた。
「ニャアアアアア!!」
白猫の首領は、カイルが自分に直接攻撃してくるとは思っていなかった。不意を突かれた奴は、咄嗟に体を右にひねって避ける。
『今だ、黒鉄! 奴の右側はガラ空きだ!』
「ニャアアアアア!!」
白猫の首領が体勢を崩したその隙に、黒鉄が電光石火の速さで飛びかかった。
その爪が、白猫の首領の「首輪」を狙う。
首輪には、教団の魔力を増幅させる「魔術石」が埋め込まれていたのだ。
ガリガリ!
黒鉄の爪が魔術石を粉砕する。
すると、白猫の首領から禍々しいオーラが消え去り、力なく地面に崩れ落ちた。その瞳から赤い輝きが失われ、ただの怯えた白猫の目に戻っていた。
「……ニャ、ニャア……(痛い、寒い……)」
白猫は、自分が何をしていたのか理解できず、震えている。
首領が倒れたことで、他のシャドウ・キャットたちも魔力の供給が途絶え、次々と正気を取り戻していった。
「くっ……! 首領がやられただと!? 撤退だ!」
暗殺者たちは混乱し、松明を捨てて地下水路の奥へと逃げ去っていった。
戦いが終わり、地下水路に静寂が戻った。
カイルは地面に膝をつき、大きく息を吐いた。彼の顔は泥と汗まみれだが、その瞳は勝利の光で輝いていた。
「僕が……僕たちが、勝ったんだ……」
『ああ、そうだ。お前は「一人で百人の敵と戦う術」の一歩を踏み出した。
そして、何よりも「諦めない心」という最大の武器を手に入れた』
俺は疲労困憊のカイルの肩に飛び乗り、彼の頬を優しく舐めた。
黒鉄は、正気を取り戻した白猫の首領に、そっと水を差し出していた。
「ニャ(お前も、元は俺たちと同じだ。もう大丈夫だ)」
地下水路の死闘は、カイルと「千の目」にとって、大きな成長の糧となった。
だが、この勝利は、教団の総帥である司教の怒りを買い、さらなる報復を招くだろう。
『カイル、休む間はないぞ。俺たちの真の敵は、まだ地上にいる。次は民衆の前に姿を現し、お前の「王としての信頼」を勝ち取りに行くぞ!』
俺の言葉に、カイルは力強く頷いた。
地下水路の奥から、新しい夜明けの光が差し込もうとしていた。
TBC




