第十二話【地の巻・地下水脈】闇に潜む忠義と猫の楽園(ベースキャンプ)
王宮の地上では、第一王子ゼクスと第二王子ハンスが互いの不信感に溺れ、内紛という泥沼に足を取られていた。
その隙を突き、俺たち「サンライズ・インテリジェンス」は、本拠地を王宮の地下深くに広がる巨大な水路網へと移した。
『カイル、前世の格言に「ウサギは三つの穴を持つ」というのがある。
一つが暴かれても生き残るためのリスク管理だ。
地上の離宮はもはや安全じゃない。これからはこの地下水路が、俺たちの「第二本社」だ』
俺武蔵猫は、カイルの肩に乗ったまま、松明の火が揺れる湿った通路を指し示した。
「すごい。王宮の下に、こんなに広い場所があったなんて。でも、ここは迷路みたいだよ。地図もなしに歩くのは無理だ」
『ニャ。心配ねえよ、王子。俺たち猫にとっては、ここは日当たりの悪い高級マンションみたいなもんだ』
先導する黒鉄が、尻尾をぴんと立てて暗闇を駆ける。
やがて、水路の合流地点にある広大な空間に辿り着いた。
そこには、王宮の野良猫たちが数百匹集結し、まるで軍隊のように整列していた。
『いいか、カイル。ここが俺たちの拠点だ。
猫たちが王都中の情報を持ち帰り、ここで集計する。
そして、今日ここへ呼んだのは猫だけじゃない。おい、来い!』
暗闇の奥から、数人の屈強な男たちが姿を現した。
彼らはボロボロの服を纏っているが、その瞳には失われていない誇りと、深い悲しみが宿っていた。
「カイル様……。本当に、カイル様なのですか?」
先頭に立つ白髪の老騎士が、震える声で膝をついた。
「バートランド卿! 生きていたのですね!」
カイルは駆け寄り、老騎士の手を取った。
バートランドは、かつてストーン王の近衛騎士団長を務め女王ハイシティのクーデターの際に「スパイ」の汚名を着せられて追放された男だった。
経営者の対話:理念の共有
『(カイル、再会を喜ぶのは後だ。まずは彼らに「現状」と「ビジョン」を示せ。
リーダーが感情に流されれば、組織の規律は崩れる)』
俺の声に応じ、カイルは表情を引き締めた。
「バートランド卿、そしてストーン王を慕う同志の皆さん。
今日、僕が皆さんをここに呼んだのは、ただの再会のためではありません。
この腐敗したハイシティ王国を終わらせ、真の『サンライズ王国』を建国するためです」
残党たちの間に、ざわめきが広がった。
「カイル様、お言葉ですが……我々は負け犬です。
スパイ防止法という悪法に追われ、ネズミのように地下で食いつなぐのが精一杯。
あの魔女(女王)と教団に、どうやって立ち向かうというのですか?」
カイルは俺を地面に降ろすと、バートランドの瞳をまっすぐ見つめた。
「確かに、地上では皆さんは『スパイ』かもしれません。
でも、この地下では、そして僕の隣にいるこの『軍師・武蔵』の下では、皆さんは自由な兵士です。
武蔵、例のものを」
『(よし。……野郎ども、見せてやれ!)』
俺の合図で、周囲の壁を埋め尽くしていた猫たちが一斉に鳴いた。
すると、猫たちが運び込んできた「オーウェン商会からの軍資金」と「最新の武器」そして「教団の機密資料」が積み上げられた。
『兵法の極意、最後は「補給」だ。俺たちは商会と手を組み、経済の動脈を握った。そして猫たちが耳目となり、敵の弱点をすべて洗い出している。バートランド、お前たちが欲しかったのは、戦うための大義と「勝てる根拠」だろう?』
合同軍の結成:猫と人間のハイブリッド組織
老騎士バートランドは、喋る猫、つまり俺の言葉に驚愕し、次にカイルが持っていた『五輪書』の写しを見て、深く感銘を受けたようだった。
「猫の軍師に、知略を秘めた王子。そして王都の経済。信じられない。我々が地下で腐っている間に、これほどの準備を進めておられたとは」
「バートランド卿、力を貸してください。皆さんの武力と、猫たちの情報網が合わされば、僕たちはもはやネズミではありません。闇を切り裂く『黄金の爪』になれるはずです」
カイルが手を差し出す。バートランドはその手を力強く握り返した。
「この老いさらばえた命、今度こそ、真の王のために捧げましょう!」
地下の宴、そして忍び寄る影
その夜、地下水路の拠点では、ささやかながらも熱気のある軍議が開かれた。
猫たちが捕まえてきた魚(とオーウェン商会からの差し入れ)を分け合い、人間と猫が同じ火を囲む。
『カイル、これで「組織の骨組み」は完成した。地上の離宮で学んだ「地の巻」、商会を動かした「水の巻」。それらが今、地下で一つの大きな流れになった』
「うん。でも武蔵、一つ気になることがあるんだ。さっきから、猫たちが少し怯えているみたいで」
カイルの指摘通り、広場の隅にいた猫たちが、不気味なほど静かになっていた。
黒鉄が耳をぴんと立て、闇の奥を睨みつける。
「ニャ……大将、妙な匂いがするぜ。下水の腐敗臭じゃねえ。……これは、死の匂いだ」
通路の奥から、無数の「赤い目」が浮かび上がった。
それは、教団に操られ、自我を失った「スパイ猫」の別働隊だった。
彼らの背後には、教団の暗殺者が音もなく潜んでいる。
『フン、向こうも「現場調査」に来たらしいな。
カイル、バートランド! 宴会は終わりだ! 「千の目」の初陣だぞ!』
地下水路の静寂が、一瞬にして殺気に塗り替えられた。
一匹の猫と王子の拠点は、誕生した瞬間に最大の危機を迎えることとなった。
TBC




