第十一話【水の巻・離間】澱んだ兄弟、その欲望を逆手に取れ
商会との提携によって、俺たち「サンライズ・インテリジェンス」は、
王国の血流とも言える「金と物資」の流れを掌握しつつあった。
しかし、血流が変化すれば、その恩恵を独占していた寄生虫たちが騒ぎ出すのは道理だ。
『カイル、前世の経営再建でも一番厄介なのは外部の敵じゃない。
現場を知らず、既得権益にしがみつく「身内の重役」だ。
お前の兄貴たちのことだよ』
俺武蔵猫は、カイルの執務室の机の上で、黒鉄が運んできた二通の密書を並べていた。
「兄さんたち。
第一王子ゼクスは軍部の予算が減ったと激怒して、兵士たちに街での略奪を黙認し始めている。
第二王子ハンスは、商会からの献金が減ったのは『誰かが横領しているせいだ』と疑い始めているみたいだ」
カイルの顔には、かつての怯えではなく、冷静な分析の色があった。
『五輪書「水の巻」には「敵の崩れを知り、これに乗ずべし」とある。
あの二人は一見、女王の側近として協力し合っているように見えるが、その本質は「どちらが次の玉座を奪うか」という醜い椅子取りゲームだ。よし、この澱んだ兄弟の仲を、一気に決裂させてやるぞ』
第一の策:疑心の種を蒔く
俺たちはまず、第二王子ハンスに狙いを定めた。ハンスは金に汚く、疑い深い男だ。
『黒鉄、ハンスの寝室にこれを届けてこい。第一王子ゼクスの筆跡を完璧に真似た「軍部による王宮完全制圧計画書」だ。もちろん、中身には「ハンス王子の資産没収」という項目を赤字で強調しておけ』
「ニャ。お安い御用だ、大将。ついでにハンスが教団に隠している裏口座の帳簿も、ゼクスの私兵がうろついている場所に落としておいてやるぜ」
翌日、王宮内はピリついた空気に包まれた。
ハンスは、自分の資産を狙っている(と誤認した)ゼクスを警戒し、自分の私兵を増強。
対するゼクスも、自分の裏の顔を暴こうとする(と誤認した)ハンスに激怒し、軍を動かした。
「武蔵、兄さんたちが中庭で言い争っているよ。母様が寝込んでいるのをいいことに、もう隠そうともしないんだ」
窓の外では、豪華な鎧を纏ったゼクスと、煌びやかな法衣を着たハンスが、互いの私兵を背後に引き連れて睨み合っていた。
「ハンス! 貴様、私の背後で何を嗅ぎ回っている! 兵の糧食が減ったのは、お前が教団と組んで中抜きしているからではないのか!」
「何を言うかゼクス! 貴様こそ、軍のクーデターを計画しているという噂があるぞ! 私の財産を軍費に充てようなど、言語道断だ!」
第二の策:拍子を狂わせる
『カイル、今だ。喧嘩の仲裁に入るんじゃない。二人に「共通の解決策」を提示するフリをして、さらに泥沼へ沈めるんだ』
カイルは俺をフードの中に隠し、中庭へと歩み出た。
「兄さんたち、喧嘩はやめてください。お母様が悲しまれます」
「フン、無能なカイルか。貴様は黙っていろ!」ゼクスが吐き捨てる。
「待てよ、ゼクス」ハンスが狡猾な目を光らせた。
「カイル、お前、最近商会と仲が良いそうじゃないか。奴らが献金を渋っている理由を知っているんだろう? どちらが『真に女王を支える忠臣』か、お前の口から証明させてやろうじゃないか」
俺はカイルの耳元で囁く。
『(よし、乗れ。ハンスには「ゼクスが横領の証拠を握っている」と吹き込み、ゼクスには「ハンスが新しい女王(母上)の暗殺計画を立てている」という偽情報を、目線と仕草で示せ)』
カイルは芝居がかった困惑の表情を作り、ハンスの耳元で囁いた。
「ハンス兄さん、実はゼクス兄さんの執務室で、あなたの教団への献金記録が山積みになっていました。彼はそれをお母様に差し出すつもりのようです」
ハンスの顔がみるみる土気色になる。
次にカイルはゼクスに向き直り、震える声で言った。
「ゼクス兄さん、ハンス兄さんの部屋から、変な毒薬の瓶が見つかったと猫たちが……。お母様の薬に混ぜるつもりじゃ」
ゼクスの瞳に、殺気が宿った。
第三の策:崩れに乗ずる
その夜、ついに「崩れ」が現実となった。
互いの恐怖に耐えかねた兄弟は、それぞれが先手を打とうと動いた。
ハンスは教団の魔術師を雇ってゼクスの私兵を呪おうとし、ゼクスは軍の権限を使ってハンスの屋敷を包囲したのだ。
『カイル、これが水の巻の極意「敵の動揺を静かに見守り、自滅を待つ」だ。王宮の警備が兄弟の争いに割かれた今、俺たちの本命は別にある』
「わかっているよ。地下水路を通って、お父様ストーン王を慕う残党たちの隠れ家へ行くんだね」
『そうだ。経営再建には、腐った役員を追い出した後の「新しい幹部」が必要だ。兄弟が潰し合っている間に、俺たちは影の軍隊を組織する。黒鉄、案内しろ!』
王宮が内紛の火の手(まだ言葉の応酬だが)に包まれる中、カイルと一匹の猫は、暗い地下水路へと足を踏み入れた。
そこには、再興の時を待つ「ストーン王国の遺志」が眠っているはずだった。
「兄さんたちごめんなさい。でも、この国を救うためには、あなたたちの『支配』という名の澱みを、流し去らなきゃいけないんだ」
カイルの言葉は、水のせせらぎのように静かだったが、その決意は岩をも穿つほどに鋭かった。
TBC




