第十話【水の巻・利脈】澱んだ金を流し誠実なる盾を作れ
「水の巻」において、戦いは直接的な武力のみならず、世の中を流れる「富」と「信用」を制することにある。
カルト教団の闇の儀式から生還した俺たちは、手に入れた内部資料を元に、次なる一手
「味方の構築」へと動き出した。
『カイル、いいか。孤立した王に力はない。民を動かすのは理想だけではない、日々のパンと、商いの自由だ。今、この国で最も苦しんでいるのは、女王と教団に二重課税を強いられている商人たちだ』
俺武蔵猫は、カイルの膝の上で、盗み出した「教団寄付金リスト」を広げていた。
「でも武蔵、商人たちはみんな母様や兄さんたちを恐れているよ。僕みたいな『無能王子』が近づいても、関わり合いになりたくないと追い返されるだけじゃないかな」
『だから「裏」から行くんだよ。水の如く、正面の壁を避け、下から浸透する。
黒鉄、王都で一番デカい「オーウェン商会」の親父さんは今どこにいる?』
天井の梁から黒鉄が顔を出す。
「ニャ。親父さんは今、教団から突きつけられた『聖なる献金』の支払期限に追われて、商会の地下倉庫で頭を抱えてるぜ。あれじゃあ来月には破産だ」
深夜。王都の商業区にあるオーウェン商会の地下。
豪商オーウェンは、薄暗いランプの下で帳簿を見つめ、溜息を吐いていた。
「もう限界だ。これ以上税を払えば、従業員たちの給料も出せん。
だが、払わねば『スパイ』の疑いをかけられて投獄される。
ストーン王の時代が懐かしい」
「ならば、その懐かしい時代を、自分たちの手で取り戻しませんか?」
暗闇から響いた凛とした声に、オーウェンは飛び上がった。
「だ、誰だ! 衛兵か!?」
影の中から現れたのは、フードを深く被った少年
カイル王子と、その肩に乗る俺だった。
「カイル王子!? なぜ、このような場所に」
「オーウェンさん、驚かせてすみません。今日は王子としてではなく、一人の『経営パートナー』として提案に来ました」
カイルは俺が事前に叩き込んだセリフを、迷いなく口にした。
俺はカイルの耳元で囁く。『(よし、まずは情報の非対称性を突け。リストを見せるんだ)』
「オーウェンさん、あなたが教団に払っている献金、実は教会の運営には一分も使われていません。これを見てください」
カイルが差し出したのは、教団内部から盗み出した裏帳簿の写しだった。
そこには、商会から集めた金が、司教個人の私腹や、隣国へのミサイルや武器発注に消えている事実が克明に記されていた。
「なっ、これは……! 我々の血税が、王国の防衛ではなく、司教の贅沢のために!?」
『(オーウェン、怒るのはまだ早い。次の解決策を提示しろ)』
「オーウェンさん。今すぐ納税を拒否すれば、あなたは消される。
ですが、私たちが教団の『物流の弱点』を教えます。
彼らが密輸している『魔香』のルートを塞げば、彼らの権威は落ち、徴税の強制力も弱まる。
その隙に、信頼できる商人間で『秘密の互助ネットワーク』を作ってほしいんです」
「どうやって、あのような巨大な教団の物流を塞ぐというのです?」
ここで、俺の出番だ。
俺はカイルの肩から机の上に飛び乗り、オーウェンの瞳をじっと見つめた。
『俺たち猫が、教団の輸送馬車をすべて立ち往生させてやる。
積み荷に「猫にしかわからない細工」をしてな。
その間に、お前たちは合法的に「品不足」を装い、市場の価格を操作しろ。
教団が欲しがっている物資だけを隠し、彼らを干上がらせるんだ』
「な、猫が喋った!? それに、この驚異的な市場操作の知識」
「彼は私の軍師、武蔵です。オーウェンさん、賭けてみませんか?
滅びゆくハイシティ王国と心中するか、
それとも、新しい『サンライズ王国』の重鎮になるか」
オーウェンは震える手で帳簿を閉じ、カイルの前に膝をついた。
「無能王子などという噂、誰が流したのでしょう。カイル様、あなたの瞳には、ストーン王と同じ、いや、それ以上の輝きがある。オーウェン商会、および加盟する全商会、あなたの足元(および猫の軍師殿)に忠誠を誓いましょう!」
翌朝、カイルの部屋に戻った俺たちは、勝利のハイタッチ(肉球タッチ)を交わした。
『よし、第一段階は成功だ。これで俺たちは「資金」と「物流の支配権」を裏で手に入れた。
水の如く、経済という大河の流れを、少しずつ変えていくぞ』
「武蔵、すごいや! オーウェンさんの顔、最後はすごく希望に満ちていた。
でも、お金の流れを変えると、兄さんたちが黙っていないよね?」
『ああ。特に、軍部を握る第一王子ゼクスと、利権を貪る第二王子ハンスは、自分たちのサイフが軽くなったことにすぐ気づくだろう。いよいよ腐敗した「兄たち」との頭脳戦だ』
「受けて立つよ。あ、武蔵、オーウェンさんから預かった『最高級の鰹節』、食べる?」
『ふん、賄賂は受け取らん主義だが、視察(味見)は必要だな。出せ!』
一匹の猫と王子、そして経済を握る豪商。
「水の巻」による浸透は、王国の根幹を静かに、しかし確実に変えようとしていた。
TBC




