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錬金術の憂鬱〜神様の殺し方  作者: かわせみ
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エピローグ

「結果的に目的は達成できなかったようだけど、命懸けで協力したんだから私たちは当然お礼を期待していいわよね?」


 鋼玉の家に着くなり、奈莉栖は謝礼を要求してきた。正直なところ、鋼玉はもう何もかもどうでもよくなっていた。奈莉栖が依頼、すなわち、聖夜の警護に失敗したことを追究する気にもなれず、投げやりに頷く。


「ほら、鋼玉も快く引き受けてくれたし、聖夜もお願いしなさいよ」


 奈莉栖が聖夜を急かす。聖夜はしばらく躊躇いがちに鋼玉を見詰めていたが、はっきりと望みを口にした。

 

「あのね、鋼玉、私は自分の体に掛かっている魅了の魔術っていうのを何とかしたいんだけど、何かいい方法はないかな?」


 聖夜の言葉に鋼玉は少し考え込んだ。


「聖夜の魅力が奈莉栖のいう通り魔術的なものなら、黒曜の使っていた術を応用すればなんとかできるかも知れない」


「ほんとに!?」


 否定的な答えを覚悟していた聖夜が目を輝かせる。


「あたしにはあの術がどんなものか分からなかったけど、なんとかなる? 」


「そうだな。術の詳しい内容はまだ俺にもわからないけど、メルクリウスが持っていた知識なら、少なくともここを探せば見つかるだろう」


 鋼玉がくすんだ左目を指して言う。


「仮に術が組めたとしても、常時の術の行使に聖夜のマナが足りるかっていう燃費の問題もあるわよ?」


「見たところ、それほど複雑な術でもなかったようだし、術式を最適化すれば必要なマナも押さえられるんじゃないか? そこは奈莉栖の得意分野だろ」


 奈莉栖の疑問に答えることで、鋼玉の考えも整理できたようだ。


「そうね。じゃあ、鋼玉があの術について調べている間に、聖夜は魔術の基礎を学ぶといいわ」


 奈莉栖が軽く提案する。そこは、国際魔術師協会の最上位魔術師としての奈莉栖の手腕と地位が役に立つだろう。


「わたしにも使えるようになるかな……、魔術」


 自分で術を行使することを前提に話が進んでいることに聖夜はおろおろしているが、意外にも、鋼玉は当然とでも言うように頷いた。


「魔術なんて本当はそれほど難しくないんだ。確かにオドやマナを魔力に変換するには慣れが必要だが、慣れていないとしても、触媒を持って、後は既に確立した術式を執り行えば、ほとんどの人間に何らかの魔術を行使することが可能だと言われている。問題は、失敗した時には相応のリスクがあるということと……自分自身に本当にそんなリスクを負ってまで魔術を行使する必要があるのかということだけさ」


 鋼玉の言葉に奈莉栖も頷く。


「本気で学ぶ気があれば魔術という真理への道は、誰にでも開かれているわ。ただ、目的なく手に入れてしまった力は、使い方を誤ってしまいやすいものだけどね」


 奈莉栖の言葉には、自身の経験のせいだろう、苦いものが込もっていた。


 しかしその点、聖夜には目的がある。自分の身体にかかっているという魅了の魔術、それを制御するという目的である。それが出来れば、彼女の「呪われた」身体は、彼女の最大の武器となるだろう。


「わかった。頑張ってみる。二人とも、先生として色々教えてくださいね」


 聖夜の顔には、これまでの人生で積み上げてきた自分の常識が全く通用しない世界へ足を踏み入れる不安と、期待とが入り交じっていた。


***


「さて、次はあたしの番ね」


 鋼玉が聖夜を家まで送って戻るなり、奈莉栖は寝室まで鋼玉を引っ張っていった。そして、いつになく落ち着かない様子で、奈莉栖はベッドに腰掛けた鋼玉にすり寄った。


「物をねだるんじゃなかったのか? 一体何がしたいんだ?」


 鋼玉が訝る。


「あの……。その……。えっと……。抱きしめて、欲しいの」


 奈莉栖が鋼玉に告白をOKされてすぐに、鋼玉が別の女性とも「付き合っている」ことが発覚したため、これまで奈莉栖と鋼玉は、恋人らしいことをしたことがなかった。嫉妬もあり、奈莉栖が鋼玉を一方的に悪しざまに詰るのが常だったのだ。


「そんなことでいいのか?」


 気の強い奈莉栖がこうして恥じらう様子を見せるのは、告白の時以来だ。奈莉栖ほどの美少女にこんなことを言われれば、大抵の男なら愛らしいと思うはずだが、鋼玉は寧ろ、いつもより冷たいくらいの声で聞き直した。


「黒曜さんを失って、辛そうだしさ。あたしで良ければ、あなたの寂しさを埋めてあげられないかなって……」


 それは、奈莉栖にしてみれば精一杯の愛の告白だったのだが……。


 鋼玉は嘲るように鼻で笑っただけであった。それは、鋼玉が女性を喜ばせるための愛玩用ホムンクルスとしての一面を有するという、黒曜の言葉を思いだしたがゆえの自嘲であった。しかし、そんな事情を知らない奈莉栖は、黒曜を口実にしてでも鋼玉に抱かれたいという自分の浅ましさを笑われたと受け取った。羞恥に赤に染まっていた奈莉栖の顔が一気に青ざめる。


「抱かれたいならいくらでも抱いてやるけど……。一応言っておく。奈莉栖を抱いたところで、俺の心の隙間は埋まらないよ」


 そんな奈莉栖の誤解を解こうともせず、鋼玉は冷たく突き放した。鋼玉には、どんな女性でも喜ばせたいと思うし、女性に求められれば応えてしまうという本能のようなものがある。これは、おそらくは創造主であるメルクリウスが愛玩用ホムンクルスとして植え付けた性質だ。そんな鋼玉が、今本能に逆らって奈莉栖を傷付ける言葉を吐いている。それはメルクリウスに対する鋼玉の精一杯の抵抗だった。


「な、な、何よ……。人が下手に出たら付け上がって……」


 そんな無礼極まりない言葉をもらって喜ぶほど、奈莉栖は被虐趣味ではなかった。今度は怒りに顔を赤くして口早に言い返した。


「この際言っておくけど、アンタちょっと異常よ。漁色家には二種類いる。一つは好色、いわゆるスケベ。これは寧ろ動物としては自然で、健全ね。もう一つは、女性蔑視や女性への恐怖心から漁色に走るタイプ。こっちは立派に心の病気よ。アンタは典型的な後者ね。一度病院にでも行けば?」


「余計なお世話だよ。その異常で病んだ男に抱かれたがっている女が何を言っても説得力の欠片もない」


 鋼玉は女性を蔑視しているわけでも、ましてや恐れているわけでもない。単に「そう創られた」だけなのである。鋼玉はそれ以上何も言わずに、話は終わりだと言わんばかりにベッドに横たわった。


 奈莉栖もベッドに入ったが、鋼玉を拒絶するかのように背を向けて、露骨に距離を取った。互いに距離を取ったまま眠るにはベッドは狭かったが、それでも鋼玉は奈莉栖をベッドから追い出しはしなかったし、奈莉栖も文句を言わずにそのまま目を閉じた。


***


 明け方、鋼玉は寝苦しさにベッドから起き上がった。常の彼には無いことだったが、精神的に随分と参っているのだろう。理由は明らかだった。当然、黒曜との最後の会話である。


 自分は人間ではない……。その事実は鋼玉のような非人間的な精神の持ち主にとっても極めて衝撃的なものだった。


 これから自分はどうすればいいのか。これまで鋼玉が協会の依頼を受けて悪い魔術師(バッド・フェロウ)や化け物退治をしていたのは、黒曜の情報を得るためであり、自分の意思であったはずだ。しかし、黒曜の話を聞いた後では、それすら養父に「仕組まれた」ことだったのではないかと思えるのだ。


 そして最早、鋼玉には目的がない。あるのは、自分が「人形」なのだという絶望と、無理矢理押し付けられた、とてつもなく膨大な知識だけだった。


 目的があるからこそ、知識は活きる。それを失った今、鋼玉は自分が有益な何かを成しうるとは到底思えなかった。彼は錬金術師とは言っても、単にその知識を受け継ぎ、有しているだけで、自ら目的を持って知識を生み出し、追究しているわけではなかったから。


 それに、知識を有するといっても、鋼玉はその全容を把握できてすらいない。膨大な蔵書を何の整理もせずにただ積み上げただけの図書館を引き継いだに過ぎないのだ。魂の組成を扱う術を見つけることができたのも、鋼玉の執念が導いた奇跡のようなものであっただろう。


 しかし、そんな奇跡も、結局は無意味であった。それだけの叡智があればできないことなんて何もない……。奈莉栖はそう言う。しかし、実際鋼玉の知識は、彼の目的のためには何の役にも立たなかったのだ。それを思うと鋼玉は、知識の宿る左目、賢者の石を、抉りとってしまいたい衝動に駆られるのだった。


 聖夜に頼まれた消魔の術の知識は探してやらねばなるまいが、それが終わればもう知識の扉を叩くことはないだろう。自分から近づかなければ、そんなものとは一生無縁でいられる、そう思ったのだが……。


 不意に、左目に疼くような痛みを覚えて、鋼玉は仕方なく知識の扉をあけた。


「ようこそ、鋼玉」


 鋼玉を出迎えたのは、見慣れた、無機質な知識の奔流ではなく、かわいらしい少女だった。その声と顔に、鋼玉は見覚えがあった。


「こ、黒曜?」


 そう、その少女は、記憶の中にある幼い時の黒曜そっくりだったのだ。


「はい。賢者の石管理用アプリケーション、コードネームは黒曜です。以後お見知り置きを、鋼玉」


 ホムンクルスとしての第三の生を拒んだ黒曜は、自らの魂の組成を用いて、鋼玉のために賢者の石を管理するための疑似人格を生み出したのだ。鋼玉が知識の海に溺れ、養父のように自我を浸食されないように……。


 黒曜が管理してくれるなら、鋼玉は賢者の石の全容を把握することができるはずだ。つまり、鋼玉は本当の意味で、「神様の殺し方」を手に入れたといえる。


 しかし、そんなことよりも、鋼玉にとっては、黒曜が死の間際にさえ鋼玉のことを思って、彼に贈り物を残してくれたというその事実の方が大切であった。彼は確かに、「姉」の愛情を感じることができたのだ。


 鋼玉は試しに、「黒曜」に幾つか質問をしてみた。昔のことを覚えていないかと期待したのだが、疑似人格の黒曜には残念ながら名前以外の記憶はなく、賢者の石を管理することしかできないようだった。それでも、鋼玉が好きだった、幼いときの黒曜の姿を見て、鋼玉は救われた気がした。


 左目の疼きもおさまり、鋼玉は一旦、黒曜に別れを告げて目を開いた。そこには、眠そうに目を擦る奈莉栖がいた。鋼玉の起きた気配で目を覚ましたのだろう。


「どうしたの? 寝苦しいの?」


 眠たそうな目を擦りながら心配したように聞いてくる。


「いや、違うよ」


 鋼玉の声はいつになく優しい響きを持っていた。奈莉栖にとってはその事だけでも驚きだったのだが……。


「鋼玉……どうしたの!?」


 奈莉栖が更に驚きの声を上げた。右目に涙を浮かべた鋼玉が、微笑んでいるのだ。奈莉栖はこんなに素直な鋼玉の笑みを、これまで見たことがなかった。

このお話はこれで終わりです。読んでいただいた方、ありがとうございました。

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