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戦争という名の悪魔


 それからのギルベルトの視線は、常に地面に伸びている馬の影に向けられていた。自分のさっきの言葉が、まるで彼らに〝死ね。〟とそう言ったように聞こえ、いつまでも脳髄のうずいに響いていた。


 ギルベルトは、不意に愛馬を立ち止まらせた。


「アラミス・・・少し一人になりたい。すぐに戻る。」


 馬首の向きを変えたギルベルトは、アラミスの返事も待たずに離れて行くと、右手に見える緑の丘の上を目指した。


 何もない草原が見られると思った。穏やかな風景が広がっていると思った。茫然ぼうぜんとその景色を眺め、いやされながら心の整理をつけたいと思った。


 だが・・・その思いは、無残に裏切られた。馬の背にいるギルベルトの表情は、丘の頂に近付くにつれてみるみる強張っていったのである。


 ギルベルトは、崩れるように馬の背からおりた。そしていただきに突っ立ち、下を凝視ぎょうししたまま、懸命に足を踏みしめていた。


 彼は・・・地獄を見下ろしていた。


 地平線の彼方へは期待通りの青々とした草原が広がっていたが、その前に、敵軍の闇討やみうちによってさんざん掻き乱された一つの哀れな村の、もはや残骸となった身の毛のよだつ光景が目に飛び込んできたのである。すぐ丘の下にあるそこは、目も当てられない残酷な焼け野原と化していた。人の形を残している黒焦げのものや腐乱した死体がそのまま放置され、その上に幾羽の大きな鳥が乗り上がって、口にできるかどうかと死体の具合をうかがっている・・・。


 ギルベルトは愕然がくぜんと立ち尽くした。とてつもない衝撃に息が詰まりそうになり、肺がむせかえして、つかの間(あえ)ぐように唇が震えた。


 そこでふと、聞き流していたリアルの言葉を思い出した。


〝あっちの方の丘のふもと・・・。〟


 あの子たちの村か・・・これが。

 ギルベルトは、そこから身をもぎ放すのに必死になった。

 気高く勇敢で正当な戦い・・どこがだ⁉


〝 殿下、これが戦争です。〟


 戦争・・・それは子供たちの笑顔も何もかもを、命ばかりか感情の全てをも抜き取る悪魔か!私は何を勘違いし、浅はかに考えていたのだろう!戦争がもたらすものや人の痛みに対して、何と無知であることか!それどころか、耐えれもしない!冷静な判断など・・・!


 無知で、愚かで、弱くて・・・どうしようもない・・・。未熟すぎる・・・。

 ギルベルトは忸怩じくじたる思いに打ちひしがれ、同時に強い疑問を抱いた。

 このまま、こんな男が、皇帝になどなっていいのか・・・。


 ギルベルトは、リアルと、死んでいった妹のルナ、そしてアルバとレックスの、時代に翻弄ほんろうされることのなかった無邪気な笑顔を思い出した。その悪魔がやってくるまでは、ここで楽しそうに笑い声を上げていた、その笑顔を・・・。


 ふっ・・・と涙がこみ上げた。


 あの子たちは林檎りんごをくれたのに・・・私は見捨てたのだ。どんなに空腹だったろう。何が何でも助けてやりたかった。こんなにも・・・こんなにも胸が潰れそうな酷い悲しみに苦しめられたことなど、かつてなかった。意地を通せば助けられたかもしれない。だが、それではいけないのだ。それを理解しなければならない。しかし・・・。


 誰かに教えてもらいたかった。


 その時、それに答えるかのように、愛馬の顔が頭の横に降りてきた。

 リアフォースは、主人の心の異常な狂いように反応して、しきりに頬をこすりつけてくる。


 ギルベルトは、それにやっと微々《びび》たる安らぎを得られると、その愛馬の顔に額をすり寄せ、かすれた涙声でつぶやいた。


「私は・・・どうすればいい。」


 ギルベルトは人知れず嗚咽おえつを漏らし、そのまま涙を流した。

 泣けて泣けて仕方がなかった・・・。










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