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遠征


 無敵の大国と名高いエルファラム帝国と、今や同等の軍事力をつけたアルバドル帝国は、残る汚名をはらす戦いにことごとく勝利し続け、逆に、敵国の利用価値のある土地を一つ、また一つと人道的に支配下に置いていった。


 よって、エルファラム帝国がまさに無敵であるかどうかは、今は分からないとささやかれるようになった。


 その噂と共に語られるのが、両国の二人の皇子。エルファラム帝国のエミリオ皇子と、アルバドル帝国のギルベルト皇子である。エミリオ皇子は白馬に、ギルベルト皇子は黒馬にまたがり、共に驚異的な大剣の使い手で、名誉ある勝利を導いた英雄だと、方々でたたえられるようになっていた。


 そしてアルバドル帝国は、ついに、最後の宣戦布告による戦いを挑んだ。それは、遥か昔に奪われた土地を取り戻す戦い。だがその相手は、激戦の地エドリースにあった。最も過酷かこくな戦闘になると予想されたその戦場に、ギルベルトもなか強引ごういんおもむいた。


 そして、いよいよエドリースの地に足を踏み入れたアルバドルの軍隊は、大きな傘を広げている木がまばらに生えている、まだ穏やかな緑の草原で休憩をとっていた。


 小高い丘に囲まれたその場所で、ギルベルトは、やや遠くに見える子供たちをずっと眺めていた。というのも、子供たちが木の幹に的をつけて、弓の練習をしながら遊んでいるからである。


 頬に笑みを浮かべると、ギルベルトは木陰から立ち上がった。

「アラミス、出発時刻になったら呼びにきてくれ。」


 隣にいたアラミスは、そばにいるほかの上官たちと目を見合い、やれやれと肩をすくい合った。


 ギルベルトがそちらへ近づいていくと、子供たちはすぐに気付いた。


 女の子が一人と、少年が三人。歳は、彼の推測すいそくでは少女は五歳前後。少年たちはみな、それよりも三、四歳ほど年上に見受けられる。


 ギルベルトはにこやかに堂々とそばへ寄ろうとしていたが、無条件に恐れ多さを感じさせる上等な軍服姿の、とてもハンサムなお兄さんに近づいて来られると、子供たちは、中でもリーダー格の少年のそばに集まり固まってしまった。


「少し貸してくれぬか。」

「・・・いいよ。」


 リーダー格のその少年は、弓矢を持っている友人に目くばせをした。


「名前は?」

「俺はリアル。弓持ってるのがレックスで、隣がアルバ。あと、妹のルナだよ。お兄ちゃんは?」

「ああ、すまない。ギルベルトだ。」


 レックスから弓矢を受け取ったギルベルトは、少年たちの顔を見ながらニヤッと微笑み、そのまま後ろ歩きで離れていって、片膝を付いた。立ったままでもできるが、少年たちの背丈に合わせている的が低すぎるのでそうした。


「無理だよ、お兄ちゃん、遠すぎるよ。」と、アルバが声を張り上げた。


 子供たちには無茶だと思われる距離でも、ギルベルトにとっては余裕で狙える位置だ。彼は、少年が言っている間に、あっさりと矢を放った。


 カッ!


 狙い通りに矢は命中。


 仰天ぎょうてんした子供たちは、あんぐりと口を開けた。それから興奮して手を叩きあった。


「うわあ、すごい!」

「カッコいい!」

「ねえ、どうやってやるの?教えてよ。」


 弓矢を返しにきたギルベルトは、そう口々に騒ぐ子供たちに、たちまち取り囲まれた。


 そのあとギルベルトは、弓矢の扱い方や、的を狙うコツなどを教えてやりながら、すっかり打ち解けてくれたその子供たちと過ごした。


 やがて時間がきて、遠くから様子を見守っていたアラミスは腰を上げた。

「殿下、そろそろ。」


 アラミスを見てうなずいたギルベルトに、驚いて顔を見合わせる子供たち。


「殿下・・・ってことは、皇子様!」

「お兄ちゃん、皇子様なんだ、すごい!」

「うん、皇子様似合う!すごくカッコいいもん!」


 ギルベルトは、ただ照れくさそうな笑みを返した。


「お兄ちゃんどこに行くの?」


 ルナがきいてきた。


「もう少し先の国だ。」


 危うく〝戦いに。〟と答えかけたギルベルトは、まだ幼く、無垢むくで無邪気なその少女を見て優しく微笑んだ。


「そうなんだ。ねえ、また帰りに通る?また寄ってよ。また弓を教えてよ。」

 リアルが言った。


「そうだな・・・では、また余裕があったら寄らせてもらおう。」


 あてにならない口約束とさとったリアルは、すぐに思いついて、木の下に置いてあった籠の中から林檎りんごを取り出してきた。


「これあげる。だから約束だよ。絶対寄ってよ。俺たち、いつもこのへんで遊んでるから。でももし居なかったら、あっちの方の丘のふもとの村にきて。」


 そちらを指さしながら、リアルは一方的に言葉を押しつけてくる。


 参ったな・・・と、差し出されるままに林檎を受け取ってしまったギルベルトは、そのリアルではなく、あきれ顔を向けてくるアラミスを見ながら苦笑した。


 アラミスと共に手を振って、ギルベルトはその少年たちと別れた。


 その後、アルバドル帝国軍は、過激な戦争に揉まれ続け、野獣さながらに戦うエドリースの異常に荒々しい敵軍を相手に、覚悟していたほどの兵力を失うことなく勝利することができた。中でもギルベルトは、かつてないほどの底知れぬ体力と戦闘能力をそこで発揮し、戦争においてはほぼ無傷といえる程度の負傷で戦い終えていた。


 しかし、全体的に、重傷者の数はこれまで以上に深刻だった。








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