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帝位を継ぐ者


 夜のこの時刻、エミリオは、父がたいていはそこで過ごすという、東の塔の部屋へとやってきた。


 大きなアーチの窓が並ぶその部屋からは、夜の街の灯りを一望することができる。冬のえ渡る空気の中で、この乱世にあってもエルファラム帝国の平和を象徴するかのように、それは美しく気高く瞬いていた。


「まこと心が和む夜景であるな。」


「はい、父上。この眺めが、永遠とわに変わらぬものであることを願うばかりです。」


 窓際まどぎわに立っている父のやや斜め後ろから、エミリオもその夜景を見つめてそう言った。


 その返事が、ルシアスに、本題に入る口を切らせるきっかけとなった。


「そなた・・・皇帝になりたいか。」


 ルシアスは振り返ることなく、窓越しに見える街の灯りに目を向けたままできいた。


「単に皇帝という地位が欲しいかという意味であれば・・・答えは、いいえです。ですが、国のこの平和を保ち、ゆるぎないものとするために力を尽くしたいという強い意気込みは、常に抱いております。」


 エミリオは、まるでどんな話をされるのかを見通していたかのように、流暢りゅうちょうに答えた。


「そうか・・・ならば話は早い。そなたには将来、ランセルの後見人を頼みたいのだ。」


「はい、父上。」

 エミリオは何の抵抗もなく、あっさりと請合うけあってみせた。


 ルシアスも、この返事を分かっていたかのように、さほど驚きもしなかった。


 エミリオをランセルの後見人にする。それなら皇帝の座はランセル。政権は実質エミリオとなり、臣民は戸惑うだろうが、シャロンをある意味だまして、政務官たちをも納得させることができる。さらには、これから話すもう一つの案があった。それは、例え名目だけでも、エミリオを兵士にすることである。そう言えば、シャロンもさすがに気が済むだろう・・・と、ルシアスは苦肉の策で思いついたのだったが、振り向いてこのお人好しの息子を見つめるその顔には、多少の後ろめたさが滲んでいた。


「構わぬのか。」


「喜んでお受けいたします。」


「エミリオ・・・法に従えば、そなたが後継者だ。それを望み、期待している者も多い。しかし、これは・・・」


「父上・・・どうか、思うがままに。」


 あえて訳を聞こうともしない息子に、ルシアスは、今度は呆れたようにため息をついた。


「そなたは、まこと心優しい男に成長してくれた。そのようなところまで、フェルミスにそっくりだ。おかげで予は、いつまで経ってもそなたの母親が愛しくてならん。」


 思い出が目に浮かび、ルシアスは切なさで瞳をかげらせた。


「父上・・・。」


 沈黙が続いた・・・。


 エミリオの顔から視線をらしていたルシアスは、やがてそばの安楽椅子に腰を下ろすと、やっとエミリオを見て、何やら意味深な深呼吸をした。


「エミリオ・・・実はもう一つ重要な話があるのだ。この戦で、騎兵軍 大尉たいいのアストレイ卿が戦死したことは存じておるな。」


「はい。」


「そなた、近頃また腕を上げたそうだな。」


 エミリオはまさかと思い、黙っていた。


「聞けば、卿もそなたには敵わなかったとか。」


「いえ、あの時は、大尉はかなり疲れていたようなので。」


「そなたに任せたい。」


「え・・・。」


「そなた、騎兵軍大尉になってみぬか。そなたは頭脳 明晰めいせきで、冷静に先を見通すことができると聞いている。いずれは軍師としての活躍も期待している。」


「私に・・・。」


 子供の頃は、自分にだけは素直に言えた。しかし成人した今は、未だ拒みたい本心を胸の内だけで叫ぶこともできない。人をあやめることを、敵を倒すことを嫌がれば、今、戦場で国のため命の限り戦っている兵士たちを侮辱ぶじょくすることになる。人は何のために戦うのか。遊びで戦い方を学んできたわけではない。だから理解できる。だがそれは、無差別大量殺人の方法を考えろと言われているも同然だった。


「そなたの才能を試してみたい。引き受けてはくれぬか。」


「それは・・・。」

 エミリオは口籠くちごもり、躊躇ちゅうちょする素振りをみせた。


 戸惑うエミリオを見たルシアスは、こくな話であるとは重々承知ながらも、故意こいに厳しい口調で追い討ちをかける。


「この国の平和を保つには、ほかの犠牲もやむをえぬ。それが分からぬようなら、意志を叶えることなどできぬぞ。いくら頭脳を使うことができても、実行できぬのなら意味がない。そなたには、その心がまだ足りぬ。」


 エミリオの望む平和とは、本当は国境を超えて誰もが平等を重んじ、譲り合うことができる夢のような平和。対して現実は、どこの国もすきを見せないよう、他国を常に警戒している。国家としては、ほかを気使うなど許されないとさえ感じさせる、悲しい時代だった。だから、こんな時代にせめてすべきは、自分の国を守ること。


 人の不幸の上に成り立つ平和。人を救うために人を殺すことの矛盾むじゅん。何かが間違っていると、エミリオには、悪循環に思われるそれが正しいとされている今の世が、憎くてならなかった。しかし、一人 むなしく世界平和を願いながらも、この話を承知して、罪のない者を殺すことを考えるようになれば、結局は、今の世のり方を認めるのと同じだ。


 実際そうあれこれ苦悩していても、エミリオには選択の余地などない。口調がどうであれ、それは命令も同然だからである。


「お引き受け・・・いたします。」

 苦渋の面持ちで、エミリオはつぶやくようにそう返事をした。


 ところがその後、ルシアスの当初の考えや、エミリオの苦悩に反して、成り行きのままにエミリオは戦地を踏むことになり、皮肉にも次々と強敵を倒して、名誉ある勝利を導く帝国の英雄となっていくのだった。








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