表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/123

渓谷の盗賊一味


 荒野こうやの貿易路を張って、ようやく収穫が得られた頭のライデルとその一味は、上機嫌で下品な笑い声を盛大に上げながら、バルジグラ渓谷けいこくのそそり立つ断崖だんがいの間を抜けてきた。馴染なじみ深いその岩山のふもとに、アジトがあるのだ。


 すると、積み重なる岩間を進んできて、もうすぐたどり着くという時、つややかな黒毛のたいそう立派な馬 ―― まとっているものから何から全て ―― が、アジトの前の低い木に繋がれているのに気付いた。


「おい見ろよ、馬がいるぜ。それもえらく見事なやつだ。」

「こりゃどういうこった。神からの賜物たまものか。」

「俺たちみたいなならず者に、神が恩恵おんけいなんぞくれるかよ。くれるなら、もっと面倒で厄介なもんに決まってる。」


 男たちは有頂天のまま、たいしてそれに驚きもせずに言った。仲間内で交わす、毎度の軽い冗談のノリだった。今どのような奇妙なことが起こっても、考え込んだり、悩んだりできそうにない気分だ。


 ところが、同じようにニヤニヤしながら先頭を歩いていたライデルが、にわかに顔をこわばらせ、「待て待ていっ、お前ら!」とわめいたのである。


 子分はみな、つんのめって立ち止まった。ハッと気付いて互いに顔を見合わせる。


「ジェンだっ!」


 一味いちみはもう目の前にあるアジトへと転がるような勢いで駆け込んだ。


 すると、中に男がいた。


如何いかにも。」


 地べたに胡坐あぐらをかいてそこにいる男は、そう言って愉快そうな笑みを浮かべた。


 男たちは一様に目を丸くし、狐につままれたような顔をしている。


「こりゃ驚いた・・・まさにだぜ。」と、子分のリオがつぶやいた。


 ライデルは頭を突き出して、まじまじとその男を見つめた。

「ジェラール?本当にお前なのか?」


 子分たちに〝ジェン〟とあだ名で呼ばれたその男、ジェラールは、ゆっくりと一つうなずいた。


「ああそうだ。ライデルよ、近いうちにここへ帰ってくると思ったぞ。」


「しょっちゅう帰ってきとるわ。俺らの住処すみかで何を言っとるか、このペテン師が。」

 ライデルはつっけんどんに言い放った。


 だがジェラールの方はそれを面白がるような声で、「この私を詐欺さぎよばわりするとは聞き捨てならんな。まだこだわっているのか。」


「こだわるわい。お前があの時もそんな上等な格好をしていれば、俺らはお前からいただくものだけ頂戴しておさらばだったんだ。それを、あんな薄汚い格好でうろちょろしとるから、てっきり小汚い風来坊かと思って親近感を抱いてやったというに。」


「汚いを二度も言いおったな。」

 ジェラールがまた軽い声で切り返すと、ライデルは苛立いらだたしげに手を振った。


「そんなこたあ、どうだっていい。それより、リストリデン侯爵こうしゃくだったか将軍様よ、いったいまた何の用事だ。俺らとお前とでは、住む世界が違うんだぞ。それほどしたっているわけでもあるまいに。」


 すると、ジェラールの顔が急に深刻になった。


「ライデルよ、実は折り入って頼みが ・・・。 」


「嫌だ。」

 ライデルはぴしゃりと突き放した。


「今、用事は何だときいたではないか。それならきちんと最後まで —— 」


「断る。お前がそういう声を出した時は、きっとろくなことがねえんだ。あの時だって、うまい話に乗せられてついて行ったら、ワケの分からん重装騎兵と一戦交える羽目になって。結局、俺らに国まで護衛させたってわけだ。なんて狡猾こうかつなヤツだ。詐欺だ。」


「その分、余計に手当てを払ったではないか。うまい話というのは嘘ではなかったろう。」


「とにかく嫌なものは嫌だ、断る、ダメだ、もう御免だ。」


 そこでふと、住処が異様に殺風景になっていることに気付いて、ライデルはぎょっとした。暖を取るためのものが・・・なんたることかいちじるしく減っている!


「ああっ、なんだこのざまは! みんな燃えかすになってやがるっ。」と、ライデルがわめくと、「夕べの寒さはこたえたな。」という、ジェラールのすました声が続いた。


 その時。


「おじさん、この人だれ?」


 入り口のところで、不意に少年の声が。


 反射的にそろって目を向ける一同。


 まったく唐突とうとつに、思いもよらぬ時に思いもよらぬものを目にして、ライデルとその子分たちは、つかの間黙り込んだ。


 男の子がいる。鋭い顔つきの十歳くらいの少年。親はどこだ・・・?


 ライデルはハッと我に返ると、隠しようのないたいそう驚いた顔で、うろたえながらジェラールに視線を振り戻した。


「お前、まさか・・・。」


「この子を引き取ってもらいたい。」と、ジェラール。


「悪い冗談だ、そんなに俺を困らせたいか! ガキほど面倒で厄介なもんは知らんっ。」


 すっかり興奮してわめいたあと、ライデルは気が遠くなって倒れて、白目をむきそうになった。


 ジェラールは深いため息をついただけで、何も返さなかった。


 ライデルとジェラールは、しばらくただ互いに顔を見合っていた。ライデルは、ジェラールがそんなことを言い出した訳を話し始めるだろうと恐れながら待ち、ジェラールの方は、ライデルに分からせるにはどうすべきかと慎重に思案していた。


 やがてジェラールは、不安そうな顔で入り口に突っ立ったままの少年に目を向けた。


「レッド、そろそろ包帯を替えないといけないね。さあ、おいで。」


 レッドはぎこちなくうなずいた。それから、大きく目をみはったまま注目してくる男たちの間をおどおどと通って、ジェラールの前に立った。


 ジェラールは、一度レッドの肩越しにライデルの目を見た。だがそれだけで、あとは何も言わずにレッドの上着に手をかけた。その視線は、ライデルに何かあるなと思わせるものだ。


 ジェラールは、レッドの上着をまくり上げていった。


 背中はまともにライデルの方へ向けられている。


 まず、汚れた包帯が現れた。驚いたライデルは眉を動かしたが、何も言わなかった。しかし、次にその包帯がジェラールの手によってスルスルとほどかれてゆくと、驚愕きょうがくして言葉を失った。


 明らかに、ほかから手を加えられた傷が現れたのである。それは、細く腫れ上がって背中じゅうをほとばしる、いくつもの傷痕きずあと。拷問や刑罰で受ける傷だ。








評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ