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戦場へ


 ギルベルトは、そのまま突き当たりの角を右に折れ、先ほどすれ違った男たちが今まで会議をしていたその部屋へとやってきた。


 玉座の間の出入口前には、家来が左右に一人ずつ直立不動で立っている。まだ中に皇帝が居るというしるしである。


「父上に話がある。通せ。」


「オーランド将軍とまだ話をなされている模様もようですが。」


「将軍にも関係のある話だ。中で待つ。」


「は・・・。」


 家来二人がすぐに引き開けてくれた扉をくぐり抜けて、ギルベルトは堂々と入室した。


 玉座の間は本来大きな窓が並ぶ開放的な広間だったが、厚いドレープカーテンが今は全て閉めきられていて、壁面のランプだけが灯っていた。


 アラミスは、ちょうど皇帝との相談を終えたところのようだ。


 その二人の注目を浴びながら、ギルベルトは、足元から真っ直ぐに延びている赤い絨毯じゅうたんの上を歩いて行った。


 それを見ると、アラミスは書類を小脇に抱えて敬礼し、立ち去ろうとした。


 アラミスは気品ある顔立ちの四十代の男で、かつてロベルトが大佐の地位にいた頃にはまだ新米しんまい兵士だったが、優れた戦闘能力に加えて頭もキレることから、ロベルトもすぐに一目置く存在となった。その後、彼は騎兵軍に移動。そこで腕をかわれ、瞬く間に大将の座にまで昇り詰めた。


「では、これにて失礼いたします、陛下。」


「アラミス、ここに居てくれ。」

 ギルベルトはあわてて呼び止めた。

「そなたは、今の私の腕を一番よく存じている。」


 息子が何の話をしに来たかを悟って、ロベルトはやれやれという顔になる。


「アラミスに同意を求めようとしても、無駄なことだ。」


 ロベルトはあきれ顔のまま、指示をあおぐ目を向けてきたアラミスにうなずいた。


 皇帝の前から離れたアラミスは、ギルベルトのやや後方まで下がると、絨毯の道の横にひかえた。


「父上、私も戦地へおもむきとうございます。」


 ギルベルトは、アラミスが立っていたその場所へ進み出るなり、父にそう願い出た。


「ギルベルト・・・本物の戦場を、どう想像している。正直、いさましいなどとはかけ離れた、狂気が渦巻うずま修羅場しゅらばまれて、呆気あっけなく身を滅ぼすことになるぞ。」


 言下に返してきた父に、ギルベルトもかたくなな態度で即座に答える。


「己の信念が招く運命ならば構いはしません。我が身が帰らぬものとなった場合には、いずれアナリスの夫となるアドルバート侯爵〈ロダン・クラウス・アドルバート〉を、どうか次期帝位継承者に。」


「この国の皇太子は、そなたであるぞ!」


「納得のいかぬまま、皇帝になりたくはありません!」


「なんと愚かな・・・。」


 ほとほと呆れ返って、ロベルトはいよいよ口をく気もしなくなったが、さらに言いつのる息子のたわごとを聞き流すわけにもいかなかった。


「それに、立場は父上と同じです。彼が皇帝となるにも問題ないはずでは。」


「私が国王と認められたのには、深刻な事情や理由があった。昔は今よりも戦争で荒れていた。弱さを見せればすぐに足をすくわれる時代だ。先代の王や政務官たちは、強くたくましい貫禄かんろくある君主の必要性に迫られていたということだった。そして、私はそうなろうと誓った。本来なら、クラレスが女王となるべきところをだ。だが極めて異例のことで、決して容易ではなかった。」


 この説得には思わず口を閉じたギルベルト。だが、同時に疑問が浮かんだ。


「分かりました・・・では、その時はアナリスを女帝に。政権はアドルバート卿に。ですが・・・なにゆえ、父上は、この私に戦い方を教えてくださったのですか。」


「そなたが男だからだ。」


 ロベルトは一言そう答えた。ずいぶん簡単な返事だが、それは嘘でも、このやりとりにうんざりという思いから出た言葉でもない。


 そしてこれには、今度はギルベルトの方が呆気にとられて、しばらく開いた口がふさがらなかった。


「意味もなく、それだけですか。」


「戦い方を知ることは、戦術を学ぶことにもなるだろう。戦術を学ぶことは、軍事に関わる決断を下すために必要なことだ。」


 もはや適当な返事にしか聞こえなくなり、ギルベルトの頭にサッと血が昇った。


「戦も知らずに戦術ですか!父上は分かっているはずです!実際に戦場に立たれていた父上だからこそ、このアルバドル帝国を今の姿に急成長させることができたのでは⁉」


「そのために実戦を経験したわけではない!私は一兵士から国王そして皇帝になった!いい加減に、そなたは今、皇太子という立場を自覚せんか!」


 そばにいるアラミスから見れば、もはやそのへんの親子喧嘩と変わらない言い合いである。


「父上のなされてきたことを踏まえずして、父上を越えることなどできない!私は、父上を越えたいのです!」


 ロベルトは渋面じゅうめんで黙り込み、ギルベルトはアラミスに目を向けた。


 その目をただ見つめ返していたアラミス。

 だがやがて・・・アラミスは、一つ派手なため息をついてみせると、こう言った。


「陛下は・・・かつて不利な戦いでも、強気の姿勢を崩さず我々の士気しきを上げ、勝利への希望をしっかりと示し続けてくださいました。戦地へおもむけば、戦闘中だけでなく、戦前戦後の人間を見ることもできます。我々が最高の状態で結束けっそくを固めて戦いにのぞむことができるのは、それをご存知である陛下の的確な指示や気遣きづかいがあればこそ。最大限に力を発揮させる方法を、経験によって身に付けておいでです。学べるものは、確かに本や資料の比ではございません。ギルベルト皇太子殿下は、まこと陛下によく似ておられる。きっと戦場に立てば、その戦い全てに勝利を導く英雄となりましょう。かつての陛下のように。」


 ギルベルトの面上には勝ち誇ったような笑みが広がり、思った通りにアラミスは言葉を続けた。


「陛下、その時は、可能な限りわたくしが殿下のおそばに。」


「まだ何も承知してはおらん。」


「父上・・・。」


 ロベルトは立ち上がり、玉座から続く階段を下りて、ギルベルトには目もくれずにそのわきを通り過ぎた。


 だがアラミスの前にさしかかると、足を止めたロベルトは、真正面を向いたままこう独り言のように口にした。 


「アラミス、その頑固者を頼むぞ。」


 そして、振り返ることなく去って行った。


 ギルベルトとアラミスは、目を見合った。


 あからさまな笑顔を向けてくるギルベルトに、アラミスは苦笑にがわらいしか返しようがなかった。







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