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天命の瞳の少年 ― 1


 地平線の彼方まで続く茶色の大地に、圧倒的な存在でたたずむ赤い岩山がある。だが、今は夜。大地は黒く、ぽつりぽつりと潅木かんぼくの影が浮かんで見えるだけである。


 レドリーの目の前でチロチロと揺らめく炎の向かいに、父レイリーよりもいくぶん若く見える端整な騎士が座っている。そして、レドリーの横に突き出している岩には、レドリーのために用意された黄土色の外套がいとうが広げて干してあった。午後から雨が降り出したせいだ。それで、夕食どきに頭から濡れて帰ってきたレドリーを、ジェラールがそれで拭いてやったのである。


 ここへ連れて来られてかれこれ三日になるが、レドリーは一人きりにされることが多かった。ジェラールが、食料を調達しに出掛けてしまうから。レドリーを乗せなければならなかったことで、馬に負わせることのできる荷物がかなり制限されてしまったのである。


 そのためジェラールは、その日その日の食べるものを求めて、どこぞへ行ってしまう。だが熟練の狩人かりゅうどでもある彼は、その道にも長けていた。


 そのため残されたレドリーは、ひとり気の赴くままに冒険し、ジェラールが必ず何かを料理して待っていることを知っているので、決まって食事どきになると戻ってくる。それで、今日はまんまと雨に打たれてしまった。


 今夜の食事には、何か獣の肉を香辛こうしん料で味付けして焼いたものがあった。レドリーはそれを、日持ちするパサパサしたパンに挟んで食べた。それと、レドリーが見つけてきたオレンジのような果物くだものは、夕食後のデザートにした。ジェラールのためにもぎ取ってきたのだ。彼はありがとうと言って、レドリーの頭をでてやった。レドリーは、それがとても嬉しかった。今ではもう、敵国の大将である彼でもすっかりしたうようになっていて、一日でも長く一緒にいたいと思っていた。


 二人が今いるこの場所は、赤い岩山の洞窟の中。もとからここには、異様な生活臭が漂っていた。上の方にちょうど換気口となる隙間すきまが空いていて、入り口をふさぐ厚手の垂れ幕を、今は換気をよくするために少し開けてあるが、じゅうぶんに地面に届いているその裾の部分を石で押さえておけば、夜風が入り込まないようにもできる。砂漠のようにうなぎ登りに気温が上がって、急激に下がるというほどではなくても、大陸のほとんどの土地の昼と夜の気温差は、一年を通して激しかった。


 下着姿で焚き火にあたっているレドリーは、自分の衣服をじかに持って乾かしてくれているジェラールを、ただ黙って眺めていた。


 軍人という職務柄、野営に慣れているジェラールには、摩擦熱を利用して火を起こす知識も腕もあった。よく発火する樹皮をくべて、炎を燃え上がらせるのである。だが本来、ここはあまり豊富にそれらが取れる土地ではない。それが幸い、初めからここには、保温材としても使われるそういったものが、すみの方に山盛りになっていた。


 ジェラールが、ある時レドリーを見てにこりと笑った。


「さあ、もういいよ。」


 ジェラールは立ち上がり、レドリーの真正面に来て、乾いた服を着せてやった。


 レドリーは何も言わずに着せてもらった。


 その目だけは何かもの問いたそうにしていたが、それが済むと、ジェラールはまた炎の向かいに腰を下ろした。


「おじさん。」

 レドリーはやっと言った。

「おじさんは、あいつと同じ国の人だよね。」


「ああ、ダルレイのことだね。そうだよ。」


 その返事を聞くと、レドリーは少し黙って、それから不思議そうにジェラールの目をのぞき込んだ。


「どうして、そんなに優しくしてくれるの。」


「おじさんは・・・なにも優しくしているわけじゃない。子供に対して、自然な態度で接しているだけだ。」

 ジェラールは微笑して、小さな焚き火に小枝や落ち葉をくべながら答えた。


「じゃあ、あいつの態度はなんなのさ。みんなに、あんなひどいことして。みんな、子供ばっかりだったんだよ。」

 レドリーの声は、怒りのせいで高揚こうようしていた。


 レドリーを見つめるジェラールの瞳に、暗い影が落ちた。


「許してやってくれなど言えないが、彼もある意味では可哀相かわいそうな人なんだよ。ああいうふうにしかできないのは、優しくされたり、愛されたことがないのかもしれない。あるいは忘れてしまったのかもしれない。いずれにしろ、悲しいことだ。」


 声も憂えるような悲しいものになったが、ややすると、ジェラールはほおゆるめた。


「レッドは優しい子だね。自分のことよりも、みんなのことで腹を立てるとは。」


 ジェラールは今、レドリーをあだ名で呼んだ。だがジェラールは、それがあだ名であるとは知らない。名前をきかれたレドリーが、ひと言そう答えただけだったからだ。


「ねえ、みんなはどうなるの?放っておいたら、みんな死んじゃうよ。助けてあげてよ、おじさんっ。」


 められても気にもとめずに、レッドはそう懇願こんがんした。


「ああ分かってる、大丈夫だ。所定の手続き・・・いろいろ約束事があってね。それを通じて、みんなが各 孤児こじ院に入れるよう、すでに手配はされているから。」


 ジェラールはすぐに答えてやったが、レッドの方は理解しかねるといった面持ちをしている。


「少し難しかったかな。」

「うん。」

「早い話が、今頃は、みんなは綺麗なベッドの上にいて、暖かい毛布にくるまっているだろうということだ。」


 レッドの面上に、ほっとした笑みが浮かんだ。


 ジェラールも目元を緩め、父のような声で言った。

「レッド、そこは寒いだろう。さあおいで、私の膝の上で眠るといい。」


 レッドは嬉しそうにうなずいて立ち上がった。甘えたい気分だった。


 自分の大きな外套を羽織ったジェラールは、ひざに抱いた少年と一緒にくるまった。


 微かにこすれて傷がうずいたが、レッドは我慢した。すぐ真上に彼のハンサムな顔があり、優しい目で自分を見下ろしてくれている。不思議と安心するその笑顔に見守られて、レッドはなにか心地良い気持ちになった。


「どうして俺を連れてきたの。」


「おじさんの直感だ。君は何か大きな使命を負っている。もっと大きく、強くなれる。君の優しさとその力は、この先多くの人のためになるだろう。冒険が必要だ。」

 先ほど答えた時のように、ジェラールは間髪かんはつ入れずそう言った。


 レッドはまた悩んだ。自分に贈られたその言葉の一つ一つを考えた。だが漠然ばくぜんとしているし、ただ困惑させられた。


 レッドは気だるそうに、彼の広い胸にもたれた。

「やっぱり分かんないや。」


「分かろうとすることはない。おのずとそれを感じるようになる。もうおやすみ。恐らく、明日がその冒険の始まりになろう。」


 言われて、レッドは目をつむった。彼の言葉の余韻よいんがずっと頭の中で尾を引いていたが、彼にぴったり体を寄せていると、温かく気持ちよくてすぐに眠気が刺し始めた。


 レッドは眠った。ジェラールは起きていた。傷だらけのその少年の寝顔を、ジェラールはいつまでも細い目をして見下ろしていた。


 強い風が吹いて夜風が滑り込み、炎がぐらりと揺らいだ。


 それを気にして目をやった時、ジェラールはかすかな寝言を聞き取った。反射的に見下ろすと、レッドの目尻にじわりと涙が浮かんでいる。


「父ちゃん・・・。」


 ジェラールはたちまち痛切感にかられた。そして顔を曇らせ、ため息をついて、指先でその涙をそっと拭った。ジェラールは少し前屈みになると、しっかりと少年の体を抱き寄せながら手を伸ばして、焚き火に小枝をくべた。







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