別れ
「今夜は祝い酒だ。」とスエヴィは叫んでいたが、スフィニアの将軍に無事ユリアーナ王女を引き渡したあとも、さらに王宮までの数日間、隊員たちは結局、そのまま護衛を続けることになった。
よって、祝い酒も少々延期されることになったのである。
そして、立派に任務を果たした隊員たちは、スフィニアの宮殿で手厚い待遇を受けたが、自由にしていいとの許しを得ていた。
そこで彼らは、王宮にたどり着いたその日の夜には、もう疲れも忘れて早速 居酒屋へ繰り出した。宣言通り祝宴を開くために。まず最初に、無念にも倒れた戦友の冥福を祈ってからである。それから出発前よりもいい雰囲気で杯を交わし、別れを惜しんで大いに楽しんだ。
そのあとで、ようやく彼らは一晩ゆっくりと体を癒したのだった。
そして翌朝、過酷でありながら宝石のような経験と思い出を胸に、誰もが晴れ晴れとした笑顔で旅立って行った。ほとんどの者がレッドに、「一緒に戦えてよかった。」「お前の下で働けたことを誇りに思う。」などの言葉をかけてから。
シャナイアとスエヴィ、そしてレッドは、宮殿内の庭園の噴水前にいた。
シャナイアが、レッドに一つききたいことがあったのと、二人への名残惜しさで呼び出したのである。
「終わったな・・・。」
スエヴィが気の抜けた声で言った。
「お前は、またここでユリアーナ王女の用心棒をするのか。」
レッドがシャナイアにきいた。
「そうね、そんな話もあったし、それもいいけど、何となく断っちゃったわ。今、気分じゃなくて。」
まだ落ち込んでるのか・・・と、レッドは呆れたため息をついた。自分のせいで後輩が命を落としたことをいつまでも割り切れないでいる彼女は、やはり戦士には向いていない。もっとも、自身も同類ではあったが。
「じゃあ、どうするんだ。リオラビスタのあの宿舎にはもう居られないんだろ。中には一旦故郷へ帰ったヤツもいるみたいだが。」
「足が治るまでに考えるわ。姫様の好意で、それまではここに居ていいことになってるの。それよりレッド、あなたこそあの話どうしたのよ。」
シャナイアのその問いこそが、二人をここへ呼び出した理由の一つだ。
「・・・どの話?」
「スフィニアの将軍から、ほら、ここの特別部隊か何かに入るって話よ。」
「ああ断ったよ。期間と任務内容が曖昧だったからな。掟に合わない恐れがある。」
「だよな! そうか、じゃあ次はどこへ行こうか。」
スエヴィが、とたんに声を弾ませて喜んだ。実はシャナイアと同じく、スエヴィもそのことばかりが気になっていたのである。
「お前、なんでそんなに嬉しそうなんだ。」
「なんでって、俺たちは親友だろ。連れがいなくなっちまったら、普通 寂しくないか。薄情な奴だな。」
「あ、そういうふうに思ってくれてるわけか。」
「なんだよ、お前は違うのか。」
「いや、俺だいぶ年下だし、そのへんどうなのかなあと思ってたんでな。」
「お前は年下年下って。シャナイア、こいつさ、最初、お前のこと年上だから興味ねえって言ってたんだぜ。」
「あら、そうなの? ふうん・・・でも、知ってるわよ。だって、ベッドに誘っても拒まれちゃったもの。」
スエヴィはぽかんと口を開け、驚くを通り越して、呆気にとられた顔に。
「なんだって⁉ お前、バカか⁉ ってゆうか、やっぱりあの時抜けがけしやがったな!」
「拒んだって言ってんだろ。それより次行くとこだろ? そうだなあ・・・正直、少し休みたい気もするけどな。どこか綺麗で平和な国に、とりあえず・・・」
レッドはそこまで言うと、ふとスエヴィの目を覗き込んだ。
「・・・って、お前こそ、そろそろ一度くらい帰らなくていいのかよ。」
「じゃあ決まり、トルクメイ公国だ。」
「なんで。」
「俺の故郷なんだよ、トルクメイは。綺麗で平和な南国の楽園さ。」
「トルクメイ、いいわね。話には聞いたことがあるわ。数年前に、公爵にもやっと子供が誕生したって。でも女の子らしいわよ。まだ四、五才くらいじゃないかしら。」
トルクメイ公国はデュパウロ地方にある南の小さな国だったが、豊かな資源と自然を持ち、思想や表現の自由などが特に許されている、この大陸では別世界のような一種独特な国だ。その平和が保たれている理由は、トルクメイ公国を擁する国家の保護下にあるだけでなく、友好貿易相手には、強国アルバドル帝国のロアフォード家がいる。その後ろ盾のおかげだという。
「よし、じゃあ早速、俺たちも出発しようぜ。今からなら、ミレニの町まで行けるぜ。」
レッドの背中にバンと平手打ちを食らわせて、スエヴィは意気揚々とそう促した。
「お前、なんでそんな平和な国にいながら、傭兵なんてやってんだ。」
「だからだよ。平和ボケして体が腐っちまうだろ。ほら行こうぜ。じゃな、シャナイア。」
「気をつけてね。」
スエヴィは、いつにも増して馴れ馴れしくレッドの肩に腕を回すと、そのままシャナイアに背中を向けた。
「レッド、あっちでいい仕事があったら、しばらく居ろよ。俺もしばらく遊びてえからさ。報酬の大金で。」
「平和な楽園なんだろ。」
「このご時世じゃあ、変わっちまってるかも・・・。」
「俺は少し休みたいだけなんだぞ。」
「トルクメイはいいぞお。」
「じゃあね、二人とも。会えてよかったわ。」
シャナイアは、荷造りに戻る二人の背後からそう声をかけた。
二人は振り返らずに、そのまま軽く手を挙げて応えた。
「じゃあね、レッド。ありがと・・・。」
シャナイアは、しばらくレッドの背中を見つめていた。心に穴が開いたような、妙な寂しさが残った・・・。
その時、不意に爽やかな風が吹いた。
そこで気持ちを切り替えようと、軽やかにステップを踏みだしたシャナイア。とたんに、悲鳴を上げてしゃがみ込んだ。うっかり足の痛みを忘れていた。あわてて足をなでさする。
そうしながら、シャナイアは何気なく空を仰いだ。
今日は快晴。すっきりと澄みきった、抜けるような青空が広がっていた。
あそこならまた踊れるし、そしたらきっとスッキリできるわ・・・決めた! 帰ろう、テラローズの空の下へ。
シャナイアは、痛みのせいで顔をゆがめながら微笑んだ。
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