表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
78/123

別れ


 「今夜は祝い酒だ。」とスエヴィは叫んでいたが、スフィニアの将軍に無事ユリアーナ王女を引き渡したあとも、さらに王宮までの数日間、隊員たちは結局、そのまま護衛を続けることになった。


 よって、祝い酒も少々延期されることになったのである。


 そして、立派に任務を果たした隊員たちは、スフィニアの宮殿で手厚い待遇たいぐうを受けたが、自由にしていいとの許しを得ていた。


 そこで彼らは、王宮にたどり着いたその日の夜には、もう疲れも忘れて早速さっそく 居酒屋へ繰り出した。宣言通り祝宴を開くために。まず最初に、無念にも倒れた戦友の冥福めいふくを祈ってからである。それから出発前よりもいい雰囲気でさかずきを交わし、別れを惜しんで大いに楽しんだ。


 そのあとで、ようやく彼らは一晩ゆっくりと体をいやしたのだった。


 そして翌朝、過酷かこくでありながら宝石のような経験と思い出を胸に、誰もが晴れ晴れとした笑顔で旅立って行った。ほとんどの者がレッドに、「一緒に戦えてよかった。」「お前の下で働けたことを誇りに思う。」などの言葉をかけてから。


 シャナイアとスエヴィ、そしてレッドは、宮殿内の庭園の噴水ふんすい前にいた。


 シャナイアが、レッドに一つききたいことがあったのと、二人への名残惜なごりおしさで呼び出したのである。


「終わったな・・・。」

 スエヴィが気の抜けた声で言った。


「お前は、またここでユリアーナ王女の用心棒をするのか。」

 レッドがシャナイアにきいた。


「そうね、そんな話もあったし、それもいいけど、何となく断っちゃったわ。今、気分じゃなくて。」


 まだ落ち込んでるのか・・・と、レッドは呆れたため息をついた。自分のせいで後輩が命を落としたことをいつまでも割り切れないでいる彼女は、やはり戦士には向いていない。もっとも、自身も同類ではあったが。


「じゃあ、どうするんだ。リオラビスタのあの宿舎にはもう居られないんだろ。中には一旦故郷へ帰ったヤツもいるみたいだが。」


「足が治るまでに考えるわ。姫様の好意で、それまではここに居ていいことになってるの。それよりレッド、あなたこそあの話どうしたのよ。」


 シャナイアのその問いこそが、二人をここへ呼び出した理由の一つだ。


「・・・どの話?」


「スフィニアの将軍から、ほら、ここの特別部隊か何かに入るって話よ。」

「ああことわったよ。期間と任務内容が曖昧あいまいだったからな。おきてに合わない恐れがある。」


「だよな! そうか、じゃあ次はどこへ行こうか。」


 スエヴィが、とたんに声をはずませて喜んだ。実はシャナイアと同じく、スエヴィもそのことばかりが気になっていたのである。


「お前、なんでそんなに嬉しそうなんだ。」

「なんでって、俺たちは親友だろ。連れがいなくなっちまったら、普通 寂しくないか。薄情な奴だな。」

「あ、そういうふうに思ってくれてるわけか。」

「なんだよ、お前は違うのか。」

「いや、俺だいぶ年下だし、そのへんどうなのかなあと思ってたんでな。」

「お前は年下年下って。シャナイア、こいつさ、最初、お前のこと年上だから興味ねえって言ってたんだぜ。」

「あら、そうなの? ふうん・・・でも、知ってるわよ。だって、ベッドに誘ってもこばまれちゃったもの。」


 スエヴィはぽかんと口を開け、驚くを通り越して、呆気あっけにとられた顔に。


「なんだって⁉ お前、バカか⁉ ってゆうか、やっぱりあの時抜けがけしやがったな!」


「拒んだって言ってんだろ。それより次行くとこだろ? そうだなあ・・・正直、少し休みたい気もするけどな。どこか綺麗で平和な国に、とりあえず・・・」


 レッドはそこまで言うと、ふとスエヴィの目をのぞき込んだ。


「・・・って、お前こそ、そろそろ一度くらい帰らなくていいのかよ。」

「じゃあ決まり、トルクメイ公国だ。」

「なんで。」

「俺の故郷なんだよ、トルクメイは。綺麗で平和な南国の楽園さ。」


「トルクメイ、いいわね。話には聞いたことがあるわ。数年前に、公爵こうしゃくにもやっと子供が誕生したって。でも女の子らしいわよ。まだ四、五才くらいじゃないかしら。」


 トルクメイ公国はデュパウロ地方にある南の小さな国だったが、豊かな資源と自然を持ち、思想や表現の自由などが特に許されている、この大陸では別世界のような一種独特な国だ。その平和が保たれている理由は、トルクメイ公国を擁する国家の保護下にあるだけでなく、友好貿易相手には、強国アルバドル帝国のロアフォード家がいる。そのうしだてのおかげだという。


「よし、じゃあ早速、俺たちも出発しようぜ。今からなら、ミレニの町まで行けるぜ。」


 レッドの背中にバンと平手打ちを食らわせて、スエヴィは意気揚々とそううながした。


「お前、なんでそんな平和な国にいながら、傭兵ようへいなんてやってんだ。」


「だからだよ。平和ボケして体が腐っちまうだろ。ほら行こうぜ。じゃな、シャナイア。」


「気をつけてね。」


 スエヴィは、いつにも増して馴れ馴れしくレッドの肩に腕を回すと、そのままシャナイアに背中を向けた。


「レッド、あっちでいい仕事があったら、しばらく居ろよ。俺もしばらく遊びてえからさ。報酬ほうしゅうの大金で。」

「平和な楽園なんだろ。」

「このご時世じゃあ、変わっちまってるかも・・・。」

「俺は少し休みたいだけなんだぞ。」

「トルクメイはいいぞお。」


「じゃあね、二人とも。会えてよかったわ。」

 シャナイアは、荷造りに戻る二人の背後からそう声をかけた。


 二人は振り返らずに、そのまま軽く手をげてこたえた。


「じゃあね、レッド。ありがと・・・。」


 シャナイアは、しばらくレッドの背中を見つめていた。心に穴が開いたような、妙なさびしさが残った・・・。


 その時、不意にさわやかな風が吹いた。


 そこで気持ちを切り替えようと、軽やかにステップを踏みだしたシャナイア。とたんに、悲鳴を上げてしゃがみ込んだ。うっかり足の痛みを忘れていた。あわてて足をなでさする。


 そうしながら、シャナイアは何気なく空をあおいだ。


 今日は快晴。すっきりとみきった、抜けるような青空が広がっていた。


 あそこならまた踊れるし、そしたらきっとスッキリできるわ・・・決めた! 帰ろう、テラローズの空の下へ。


 シャナイアは、痛みのせいで顔をゆがめながら微笑ほほえんだ。






       .・.✽.・ E N D ・.✽.・.









評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ