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生きて帰ろう


 シャナイアが見ている先には、また新たな三十から四十はいようかという群れが迫ってきていた。氾濫はんらんした川で切り離した追っ手が、今になって追いついてきたのである。


 シャナイアは毅然きぜんとそれらをにらみつけると、剣を構えた。


 敵は固まってくるのではなく、我先われさきにとやってくる。


 そして間もなく、シャナイアは最初の敵と剣を交えた。情けないほど、動きがにぶく感じた。だが、激痛をこらえて襲撃をかわすと、二度目で相手を刺しつらぬいた。休む間もなく、次と剣をぶつけ合った。え果てた足で数合すうごう打ち合い、幸運にもそれも勝利した。だが、次はそうはいかなかった。ついに痛めた足が体を支えきれなくなり、相手が大上段に構えた剣を、受ける態勢を整えることができなかったのである。


 シャナイアは観念して目をつむった。


「ぐああっ!」


 剣戟けんげきの音と訳の分からない絶叫が上がり、シャナイアは驚いて目を開ける。


 三人目が血を流して倒れていた。


 そしてすぐ目の前には、二本の剣を構えた男が。堂々と背中を向けて立っている。それは、とてつもなく大きな存在に見えた。


あきらめるな。」

 レッドは、油断なく敵を待ち構えているそのままで言った。


「二度は助けないんじゃなかったの。」

「王女の命令なんでな。立てるか。」

「ええ・・・たぶん。」

「立てるなら、立っていろ。俺の後ろにいるだけでいい。だが油断はするな。」

「しないわよ。」


 シャナイアは気合を入れ直し、放した武器を引き寄せ、えたひざを押し上げて立ち上がった。そして、レッドの背後から少し離れたところで、再び身構えた。


「シャナイア、あの時は一緒に死ぬ覚悟だったが、今回、俺にその気はないぞ。お前も死なせない。」


「その場の戦いなら、私にだってまだやれるわ。あの話は無かったことに。」


「一緒に、生きて帰ろう。」


 直後、一度に何本もの鋭い白刃が、レッド一人を目がけて様々な角度から襲いかかった。


 ところが、そのどれもが一瞬にしてはじき飛ばされ、敵は驚いている間に体を斬られて、次々と派手に血飛沫を上げていく。返り血を必要以上にけることもなく、レッドは血に濡れたその顔で敵をねめつけ、武神オリファトロスさながらに無敵の剣を振るいまくっていた。


「うああっ!」

「ダメだ、あの男の横は通れない。」

「くそっ、王女に逃げられるぞ!」


 一人で戦うレッドの姿・・・本物のアイアスの雄姿を目の当たりにしたシャナイアは、思わず身震いした。そら恐ろしいまでの戦闘能力を、今まさに真正面で見せつけられているのだ。刹那せつな早業はやわざを繰り出し、そのくせ狙いに一寸の狂いもない。相手も見ずに攻撃をかわすぎ澄まされた感覚と、読めないほど臨機応変で無駄のない身ごなし。驚異的に素早く、秒刻みで敵を倒していくその力強い動きには、底無しの体力を感じさせられた。


「凄いわ・・・アイアスって、なんて男なの・・・。」

 その言葉を、シャナイアは目を大きく開けたまま胸中でつぶやいた。


 断末魔の悲鳴がこだまし、早くももう半数以上が地面でのた打ち回ったり、膝を付いて苦しそうにうめいている。


 だがある時、一人と逃さないレッドの鋭い目と向かい合ったまま、すくみ上がって攻撃をためらうまだ無事な者たちが、一斉に二人の背後を見るなりそろって血相を変えた。


 その表情を見ただけで、それらの目にもスフィニアの援軍の姿が映ったのだと、レッドには振り返るまでもなく分かった。ユリアーナ王女に言われて、どうやら迎えの部隊を寄越よこしてくれたらしい。


 その証拠に、敵はあわてて負傷者を引き摺り起こすと、二人の前からあっさり引き下がって行く。


 構えるのを止めて血に濡れた剣を下ろしただけのレッドは、気を抜いてその場にへたり込むこともなく、仁王立ちで去っていく連中を見送った。


「敵が引いていくわ。」


「スフィニアの援軍が来たんだよ。見ろよ、重装騎兵たちだ。俺たち、軽装歩兵を狙ってた奴らにとっちゃあ、あんなのに出てこられたら、とうてい勝ち目はねえからな。」


 シャナイアは振り返り、襲撃を中止して引き返してきた敵の部隊が、丘をい上がって退却していく姿と、それらを追走ついそうしている頼もしい騎兵たちを確認した。


 シャナイアは、ほっと胸を撫で下ろした。

「ああ、無事にたどり着いたのね。よかった。」


 レッドは、剣に付着した血糊を拭き取り、さやに収めると、シャナイアのすぐ前に背中を向けてしゃがみこんだ。


「さてと、みんなの所へ行こうか。ほら。」

「もう自分で歩くわよ。」

「隊長命令だぞ。」

「終わったんだから、関係ないでしょ。」

「たぶん立てる程度じゃなかったっけ? そうしてるのがやっとのくせに。」


 上手くきり返されて、シャナイアは一瞬黙り込む。

「・・・隊長命令なら、仕方ないわね。」


 レッドは勝ち誇ったような笑みを浮かべ、それから言った。

「そうだ、背負うのに邪魔だったから剣を持ってくれないか。全部。」


「全部・・・って、私のも? 私の手は二本しかないのよ。」と、それでシャナイアが抗議すると、レッドは、「じゃあ、お前のを置いていけ。俺のは悪いがゆずれない。」と、当然のことのように言い返した。


 シャナイアは強さと弱さをあわせ持つ女性だと、レッドは思っていた。そしてその弱いところは・・・戦士には向いていない、とそう思った。彼女は踊りたいと言っていた。それなら、そうすればいい。


「ずいぶん勝手ね・・・まあいいわ。」


 自分の剣に、使いやすいというだけで特別な思い入れがあるわけではなかったので、シャナイアは簡単に承知した。彼女は、レッドが剣帯から外した二本の剣を一つずつ両手に持ち、後ろから彼の首に腕を回して負ぶさった。


 レッドは、シャナイアを背負って歩き出した。


「よく頑張ったな・・・。」


 それはさりげない一言だったが、シャナイアの胸に何か熱いものをこみあげさせた。


 シャナイアは何となく、レッドのたくましくて広い背中にしがみつきたくなった。よく分からない感情だった。恋心ではなかったが、そこまでいかない何とも複雑な気持ちだった。


 レドリー・カーフェイという男は、なんて不思議な魅力の持ち主なのかしら・・・。


 シャナイアは、レッドの首に回している腕をきつくして、彼の背中に自分の体を押し付けた。


 レッドは少し首を捻って、顔に頭を寄せてくる彼女を見たが、言葉は何もかけなかった。


 レッドは何気なく反対の肩越しに振り向いて、夕日を眺めた。


 荒野こうやの果てに沈みゆく大きな太陽と、すうっと吹き抜けていく夕暮れの切ない風。レッドにとっては馴染なじみ深いものだったが、戦い終えたあとのそれは、やり遂げた充実感と、全てが終わった空虚さと、失ったものの悲しみ全ての感情をどうしようもなく掻き立てる。


 あの日も・・・こんな夕焼け空の下だった。

 俺はまた一つ、あの人に恥じない戦いをすることができただろうか・・・。


 レッドは前を向き、それきりもう振り返ることはなかった。












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