戦線離脱
敵の第 一波は、この時にはもうかなり衰えを見せていた。
「よお、遅かったな。」
戻ってきたレッドを横目に見たスエヴィは、冗談の口ぶりで言った。
「悪い、手間取った。」
「ちゃんと仰せの通りに。崩れてないだろ。」と、ジュリアス。
すると、いつもならテンポよく何か返してくるはずのレッドは、いやに深刻な顔で見つめてくる。そして言った。
「スエヴィ、ジュリアス・・・前、このまま任せていいか。」と。
「え・・・。」
「次が来たぞ!」
スエヴィが怪訝な声を漏らしたその時、グリードが丘の上を見上げて叫んだ。
また新たな同じような部隊が、やや前方の急な丘を滑り降りてくる。
それを確認したレッドは苦い顔で舌打ちしたが、「少しだけ頼む!」と言って、再び前から離れた。
シャナイアはふらつきながら走っていた。傍目からは微妙な動きだったが、痛みがひどくて彼女自身は体が思うようにいかず、いよいよ限界を感じていた。足の怪我に気をとられて、意識も散漫になってしまう。
そのせいで気を抜いた瞬間、ガクンと膝が折れて体を沈ませた。
遅れがちになった体に、敵の刃が容赦なく襲いかかった。
シャナイアは応戦しようと必死で踏み堪えたが、いい加減な防御の構えしかとれない。
ところが、何の衝撃もこなかった。
代わりにそれを受け止めたのは、鷲の刺青の男。
その男、レッドは、すぐに敵のその剣を押しどけ、相手がよろめいたところを上段から斬り下ろしていた。
そうして、ひとまず間近の危険を無くしたレッドは、不自然に肩を揺らして走るシャナイアの腕を引っ張り起こして支え、横についた。
「二度は助けないぜ。」
「ごめん・・・。」
シャナイアは思いつめた表情で、もう上手く足を上げられずにいる。
その動きのおかしさに気づいていても、レッドの意識は常に敵の方にある。視線もほとんど向けなかったが、彼女から手を放すとこう語気を強めた。
「まだやれるな?」
辛抱してくれ・・・。そう言われたようにも、あるいは命令のようにも聞こえたが、シャナイアには応えられそうになかった。
「レッド・・・私、抜けるわ。」
「シャナイア・・・。」
レッドがつい顔を向けた時には、シャナイアはもうぱったりと足を止めていた・・・!
「頼んだわよ・・・。」
いきなり立ち止まったシャナイアの姿が、みるみる隊から離れていく。
彼女は祈るように最後の言葉を残したが、すぐに気付いて振り返った隊員たちの目に、彼女が剣を構え直しながら背中を向けるのが見えた。
「先輩⁉」
驚いたイリスとモイラが後ろを気にしながら走り、しきりに甲高い声をあげる。
「先輩、先輩!」
「集中しろ!」
レッド自身ぐっと堪えて、本気の怒声を轟かせた。
敵の執拗な攻撃は、また途切れることなく続いている。隊員たちも見事な忍耐力で持ち場を死守し続けているが、誰もが実際には、いつ倒れてもおかしくない体を、無理に引き摺っているようなものだった。胸が悪くなるほどの疲労が、この丘陵地帯を過ぎればあるはずの国境をいやに遠く感じさせ、全ての力とバランス感覚を奪おうとする。頭が苦しいと気付いてしまったら、たちまちそうなる。
その紙一重の気力と体力でも勢いを保ったまま、やがて彼らは、この左曲がりの丘の通路を間もなく抜けられる場所まできた。この丘に沿って進むにつれて、だんだん視界が広く遠くまで見渡せるようになっていく。
するとそこで、地平線のほかにも見えたものがあった。大勢の兵士が整然と列を成す、厳かな軍隊。前列の兵士は馬にまたがり、その全員が万全に武装している。真ん中辺りにいる男が握り締めている軍旗が、風で大きくはためいていた。
レッドは目を凝らした。
「あれは・・・」
スエヴィがつぶやく。
「スフィニアの援軍だ!」
ジュリアスが叫んだ。
角笛が響き渡った。スフィニアの軍隊がユリアーナ王女に気づいたようだ。
それらが動き出したのを見た敵も、いよいよ力を奮い起こして最後の猛攻にかかった。
ひっきりなしに続くその熾烈な戦いの中で、レッドはふと繊細な声を耳にした。
ユリアーナ王女である。
王女は、駕籠の中から懸命に呼びかけていた。
「カーフェイ殿、カーフェイ殿、お願いです、シャナイアを・・・。」
「王女・・・。」
「どうか・・・。」
ユリアーナは女戦士たちのただならない悲鳴に、シャナイアが抜けたことを悟っていたのだ。
「行けよ!」と、スエヴィが怒鳴った。
「リーダー、行ってくれ!」
ジュリアスもそう促した。
「リーダー、先輩を守って!」
イリスが、すがるような目を向ける。
ほかの隊員たちも次々とレッドを急かし始め、最後に、声は心と共に一つとなった。
「俺たちを信じろ!」
レッドは強くうなずいて、隊から離れた。
「あとで、また!」
体が今どういう状態にあろうが、敵を斬りつけながら逆行していくその男に誓って、なんとしても倒れるわけにはいかない。
あとで、また・・・あとで、また会おう!
みなは、その男にまた会いたいと思った。それが彼らを突き動かし、いよいよ並々ならぬ精神力と生への執着心をかき立てる。そして勇猛果敢に、最強チームの意地の見せどころとばかりに剣を振るい、もうそこに見えている国境を目指して一心に走り続けた。




