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強行突破


 そのレッドは駕籠かごの方へ歩み寄ると、こう告げた。

「王女、手すりをしっかり握っていてください。敵の間を強行突破します。」


 ユリアーナもうなずいた。彼らを信じ、彼らと運命を共にすると覚悟を決めて。

「分かりました。」 


 再び先頭に立ったレッドは、「まだ早いだろ、ホークとイリス。」と言うと、隊員たちを振り返った。

「二人はさっき言ったことを、国境を越えてからもう一度言うこと。そしてほかの全員、きちんとそれを聞くように。」

 レッドはそこでニヤッと笑ったが、すぐに真顔に戻ると、切実な声でさらに言葉を続ける。

「いいか、これは命令だ。約束してくれ、もう一人も死ぬな。」


「そうだ、ここまで来てられてたまるか!」

 ジュリアスがわめいた。


「今夜は祝い酒だ!」

 スエヴィは腕を突き上げて叫んだ。


「おお!」


 息を合わせてそう雄叫おたけびを上げると、みなは武器以外の荷物を全て、一旦その場に下ろした。国境はもう、すぐそこだ。王女を無事に引き渡すことさえできれば、荷物などあとでいい。


 そして身軽になったところで、一斉に剣を引き抜く。


 ついに動きだした敵の部隊が丘を駆け下りてきた。襲撃をしかけよとの命令は今、下されたようだ。


「自分の持ち場は死に物狂いで死守しろ! 殺られるな、行くぞ!」


 レッドも声を張り上げて士気を上げ、隊員たちを引き連れてまっしぐらに走り出した。


 敵の群れが、左右からいよいよわっとばかりに押し寄せてくる。それらはいち早く行く手をはばもうとするが、先頭をゆくレッドが見事に突き破り、血路を開いていった。あとに続く者たちも果敢かかんに剣を振り回して、敵を蹴散けちらしながら走った。


 彼らは一体となって、互いに邪魔にならない程度の距離を見事に保ち続けた。誰も彼もがこれまで以上に熱く、荒々しく武器を振るっていた。


 今や思いは一つ。任務をまっとうし、誰も死なせない。


 若い隊長に影響され、隊員たちは、この時初めて意図いとした以上に仲間を大切だと思い、強いきずなを感じ合った。これまで多くの戦場に立ち、〝戦い〟を知っている彼らの中に、初めて抱くような新鮮な感情が生まれた。それはもしかすると、戦士としては身を滅ぼしかねない、愚かで不適当なものかもしれない。


 だが、今日この時だけは、レドリー・カーフェイという男のもとにいるあいだは、その気持ちを大事にしたいと誰もが思った。


 レドリー・カーフェイ・・・その男は、過酷な決断を迫られる戦場において、それができながらも安易に決めず、卓越した技能、身体能力、自身に備わる全てをもって可能な限り隊員を生かし、結果、必ずや勝利を導く男・・・と、みなは理解して、信じた。


 彼らのその覇気はきは、一種のオーラを放っていた。それが巨大な脅威となって敵を圧倒した。


 だが敵にとっても最後の賭けであり、敵の部隊は左右から一心不乱に襲いかかり、弾き飛ばされてもなお執拗しつように追いかけてきては、かれたように乱打の剣をり出してくる。


 いくら気持ちだけは突っ走っていても、駕籠を担いで走る二人に合わせていては、敵の勢いを振り切ることはできなかった。そのため、新手にすぐに前へと回りこまれてしまう。しかし、それでよかった。道をふさごうとすればするほど、まんまとレッドの思う壺にはまることになる。むざむざ殺されに行くようなものだ。


 いっときも止まるわけにはいかないので、急所を狙っての致命傷を与えるのは難しい。誰もが立派に応戦しているものの、その動きは、攻撃を受け流したり弾き返すばかりで、先手を取り、相手を離脱させることができている者は、早業はやわざを得意とするスエヴィやジュリアスなどわずか。


 ほとんどそんなしのぐ戦いをしている中で、先頭をきって走るレッドだけは、確実に向かい来る敵全ての体に刃を斬りこみ、深い傷を負わせているのである。


 その手にかかった敵は、耐えきれずに絶叫を上げながら、次々と倒れ込む。体をくの字に曲げて転がった同胞をそこない、思わず踏みつけた者のせいで、さらに数人の敵がもつれ合いながら、仲間を道連れにひっくり返る羽目になった。


 そこでためらって身を引いたおかげで、とばっちりを食らわずに済んだ一人が、その混乱の中、あるものを瞬時にとらえた。


 それは、敵の指揮官のひたいにある刺青いれずみ


 男は目を疑ったが、驚く前にもう、「ヤツはアイアスだ、近付くな!後ろから崩せ!」と叫んでいた。


「させるか!」

 レッドは身をひるがえして、いきなり列から外れた。


「リーッ⁉」

 すぐあとに続いていたジュリアスが仰天ぎょうてんして、思わず叫びそうになる。


「構わず走れ! 隊形を崩すな!」


「真っ先に離れたくせに。」

 ブルグがぼやいた。


「ヤツならすぐに追いつくさ。」と、スエヴィ。


 ここぞとばかりに、敵が剣を振りかざす。


「ヤツが抜けたぞ、今だ!」


「なめんな!」


 そう声を合わせると、スエヴィとジュリアスは連携して、レッドの代わりを見事に務め始めた。神がかり的な早業はやわざをしかけるこの二人が、息もぴったり合わせることさえできれば、敵を排除するのも難しくはない。二人は代わる代わる刹那せつなに剣をなぎ払い、目の前に次々と現れる敵の四人を、またたく間に斬り捨てていたのである。


「くそっ、強い。」

「なんてチームだ。」


 敵のある者は目をみはって絶句し、ある者は苛立いらだちもあらわに言い放つ。これが傭兵ようへい、何よりも戦闘能力に絶対の自信を持つ者たちの実力、精鋭部隊の底力・・・! 今更ながら思い知らされた。そう、少なくとも男たちは全員、幾多いくた修羅場しゅらばを実力でくぐり抜けてきたエリート戦士なのである。


 一方、後ろへ回りこんだレッドは、女戦士たちを励ましながら戦い、その攻撃が薄くなると前へ戻って行ったが、再度先頭に着くことをしなかった。


 この場合、敵の手にかかれば列を乱し、そのままフォーメーションを壊しかねない先頭に比べて、倒れても比較的邪魔にならずに済む後ろに腕のおとる者・・・つまり、女戦士たちを置く。それは当然のことだったが、敵に背中を見せることになるので、そこは死に近い場所でもある。そこに目をつけられたとなると、ほかにも周りを一流のベテラン戦士で固めてあるとはいえ、放ってはおけなくなる。レッドは、もう一人も死なせるつもりはないのだから。それに、レッドには後ろが気になる理由がもう一つあった。先ほどまでしばらく後部についていて、ついにその時がきたことを悟っていたのである。








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