死の道
一行は、ようやく国境にたどり着こうとしていた。それは曖昧で分かりにくい境界線だが、そこでスフィニア王国の迎えが待っているという話だった。だから実際には、スフィニア王国からの迎えの軍に、ユリア―ナ王女を上手く引き渡すことができれば、任務は無事完了となる。
ここは苔むしたような緑の荒れた土地で、少し急な丘に挟まれた場所だった。この向こうには広々とした大地が広がっているはずだが、それが視界を塞いで遠くまで見渡すことができない。そのため、早く確認したいスフィニアの援軍の姿を見ることも、まだできなかった。
陽はずいぶんと西へ傾いて、金色に輝いていた。燃えるような赤とオレンジが混ざり合った濃い夕焼け空は、東の方がもう暗くなりかけている。
視界は良くない。矢の襲撃にはあわずに済みそうだ・・・と、レッドはせめて思った。
大雨の日以来何事もなく来ることができ、今、国境を目前にしている彼らであっても、その意識の中に、このままスッとそこを越えられるという期待や安心感は、微塵もなかった。それは、彼らがこれまでいくつもの任務を果たしたベテラン戦士であるがゆえで、実際、その気の持ちようは正しかった。
前方にある左右の丘の上に、黒い塊。それが味方でないことは一目瞭然。
「また別の待ち伏せ組か。」
ライアンがいまいましげに舌打ちした。
「この状況じゃあ、姑息な手段は使えねえな。できるだけ奴らを振り切って突っ走るしかない。」
そう言うルーサーの声は潔い。
「大胆で無謀な作戦だな。」
ジョーイも、言葉のわりには恐れもせず口にした。
「だが戦力を二人取られるぞ。」と、ザイルは、駕籠を担いでいるタイラーとデュランを見た。
レッドは、これまで駕籠を担いでくれていたその二人を交代させることにした。そして隊員たちを見回して、中でも特に身ごなしに無駄がなく、豪腕で、背丈の変わらない二人に目をつけた。
「ジェイクとロイ、交代してやってくれ。頼むぞ、いざという時には戦いながら走ってくれ。」
「駕籠を担ぎながら戦えだって?」
ジェイクが呆れたように言った。
「どこまで無茶させる気だよ、リーダー。」と、ロイもわざとらしく肩を落としてみせる。
が、そこで二人は目を見合うと、こう声をそろえた。
「臨むところだ。」
「この戦場において隊長の判断は絶対だ。必要なら、俺たちは何でも従う。」
そう続けたのはデュランだったが、隊員はみな一斉にうなずいた。凛々《りり》しい、不敵な笑顔で。
同じように微笑み返したレッドは、とうとう地面にシャナイアを下ろした。
「やり切れよ、最後まで。」
「最後まで・・・。」
強くうなずいてみせたシャナイアに、レッドも目を見てうなずき返した。
「正念場だ、突っ切るぞ。三人は後ろにつけ。」
イリスとモイラをまとめながら、シャナイアは言われた通りに移動する。
駕籠の担い手が代わり、それを取り囲むように隊形が整うと、隊員たちは進行方向を見つめて気を引き締めた。
逃げ場はない。策もない。
今、堂々と姿を現している敵は、恐らく出番を待ってここに何日も張り込んでいた予備軍。スフィニアの王女を仕留められなかったのだと理解して、この最後のアタックに、余るほど力を蓄えたそれらもまた、直球でぶつかってくるだろう。
そこは、もはや死の道。
「一つ、いいか。」
ホークが言った。
「なんだ、この非常時に。」と、グリード。
ホークは、悔いはないとばかりに微笑んだ。
「最高のチームだった。」
その言葉が、隊員たちの心をとらえた。それはカウンターのようにグッと胸に食い込んできて、臨戦態勢でいた彼らを一瞬引き戻したのである。
「それに、最高のリーダー。」と、あとに続けてイリスが言った。
これに共感できるなど、初めは誰も思わなかった。だがこの時、その誰もが心の中でまたうなずき、上に立つ者を尊敬しきっている忠実な部下としての眼差しで、先頭にいるレッドのことを見たのだった。




