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助け船


 まだ眠るには早い時間から、ほとんどの隊員が雑魚寝ざこねで休んでいた。


 そんな中、真ん中のテーブル席について話し合っているのは、レッドとスエヴィ、それにシャナイアにジュリアス、そして最年長のグリードと、次に経験豊かなホークである。


 夫人はそんな彼らのために珈琲を淹れてやり、彼らはそれに軽く頭を下げながらも話を続けた。


「やはり王女を歩かせるのは無理があるんじゃないか。このままスフィニアと上手く合流できればいいが、水かさが引いて流れが落ち着けば、せっかく切り離した追っ手に追いつかれるのも、時間の問題だろう。」

 グリードが言った。


きたえてる俺たちとは違って、普段ろくに歩くこともないお方だぞ。きっとすぐにバテ・・・いや、お疲れになられるぞ。」と、ジュリアス。


「なら、王女は俺が抱いて行こう。体力には自信があるし、力持ちが自慢さ。」

 ホークが胸を張って申し出た。


 珈琲をふるまった後も遠慮なくそばで聞き耳を立てていた夫人は、ここで声を掛けずにはいられなくなってしまった。


「ちょっと、あなたたち。さっきから聞いてれば、何を無茶な相談してるの。いいものをあげるから、それに王女様を乗せて行きなさい。」


「え・・・いいもの?」

 レッドがきき返す。


 夫人はニヤッと微笑んで腕を組んだ。

「主人が作った駕籠かごよ。少し前まではもう一人、今は帝都で暮らしている息子がいてね。私や娘たちもよく乗せてもらったものよ。倉庫にあるから、それを王女様が快適に乗れるように作り直してあげるわ。主人は大工だから、一晩あればじゅうぶんよ。」


 思わぬ助け船。彼らは信じられないというように目を見合う。


「なんて幸運。」

 グリードがつぶやいた。


「お前は、本当に強運の持ち主だよ。」

 スエヴィがレッドの肩を叩いて言った。


「おばさま、大好き!」と、シャナイア。

「おばさん、素敵だ!」と、ジュリアス。


「調子いいわね。」

 夫人は呆れた笑顔を浮かべた。


 レッドの目にも、そんな彼女はあたかも幸運の女神のように映ったほどである。

「ありがとう、助かります! あ、手伝います。」


「そんなボロボロの体で何言ってるの。あなたたちはよく休んでおかないと、王女様を守りきれないでしょう。助手なら優秀なのがいるから結構よ。」

 夫人は、作業用の敷物に胡座あぐらをかいて、黙々と太い木の棒を削っている少年の背中を見た。

「ねえ、キーファ。」


 キーファは作業中の手を止め、振り向いて、得意気とくいげな顔をした。

「うん、任せてよ。僕、見習いなんだ。」


 たくみにナイフを扱うその姿には、会議に入る前にレッドも気づいて、感心しながら驚いていたところだった。一人前の大工のようだと。


 だが確か、キーファにはなりたいものがあったはずだ・・・。

「アイアスになるんじゃなかったか?」


「大工のアイアスになるんだよ。」


「なるほど。」と、レッドは笑った。


 周りの者たちも一緒になって笑い声を上げた。


 そのあいだもタイミングをみていたレッド。実は、夫婦に一つ頼みたいことがあって、急に真顔になり口を閉じた。そして、妙に改まるとこう言いだしのである。


「それと、いろいろとお世話になっておいてあつかましいのですが・・・。」

レッドは姿勢を正して、それから言葉を続けた。

「できれば、もう一つお願いが。」


 何かと思い、隊員たちも注目した。


「ええ、この際ついでに聞いてあげるわ。」


「川の向こう岸に、やむなく王女が大切にしているロバを捨ててきました。野生で生きてはいけないでしょう。もし見つけたら、こちらで引き取ってはもらえませんか。」


 隊員たちは目を見合った。一様に不意をつかれた顔だったが、それはなかば呆れたような笑みに変わった。


「ええ、いいですとも。そんなことならお安い御用よ。むしろ光栄だわ。明日、探しに行ってみるわね。」


「ああ、ありがとうございます。ただ、今は橋が流されて渡ることができないんですが。」


「流れさえ落ち着けば小舟を出せるから大丈夫よ。ロバさんでしょ、乗せられるわ。お名前は何ていうのかしら。」


「ミシカです。」


「そう。なんなら、スフィニア王国のお城まで届けてあげてもいいわよ。」


 ありがたい!と、レッドは再び心から感謝した。こんな時に気にすべきではないと分かってはいても、別れ際の王女の悲しみは目に焼き付いていて心を重くしていた。

 だが、このことは内緒にしておこうと、レッドは考えた。それはまだ困難で確かな未来ではないし、運よく再会できれば、その時の喜びがさらに大きくなるから。


 そのあと彼らから離れた夫人は、部屋中に干してある一行いっこうの毛布の乾き具合を確かめに行った。


 夜もますます冷えてくる中、ずっと裸も同然の恰好かっこうでいる男たちを気遣って、暖炉もずっと強火でかれたままである。おかげで、今その一枚をつかんだ夫人の顔には笑顔が浮かんだ。満足に乾いたらしい。


 それを次々と手に取った夫人は、休んでいる男たちにそっと掛けて回った。気づいて礼を言う者もいれば、ここではすっかり気を抜いていて眠ったままの者もいる。


 シャナイアは、今度はグリードに抱えてもらい、後輩たちと同じ二階の客間へ戻って行った。会議の場にいたほかの者たちも、ソファーにもたれたままの座った姿勢で、ようやく眠りについた。









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