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西から来た少年


 その少年は、うろうろと戦士たちの間を歩き回っていた。顔をのぞきこまれても、ほとんどの者がそれを気にもせず休んでいた。


 そんな少年の様子を一人だけ気にしていたのは、子供好きのスパイクだった。それで、スパイクがずっと見ていると、気づいたその少年と目が合った。スパイクは感じよくほほ笑んでみせた。少年が向きを変えて、真っ直ぐに近付いてくる。


「どうした、坊や?」


「父ちゃんが、アイアスの戦士がいるって。」

 そわそわしながら、少年は答えた。 


 さきほどの顔合わせの時には、レッドが王女の後ろに下がってほかの男たちにまぎれたせいか、気付かなかったようだ。 


「ああ、それなら・・・。」

 スパイクは、階段を下りてくる途中のレッドを指差した。

「あの人だよ。」


 その様子に気づいたレッドは、億劫おっくうそうなため息をついた。なにしろ、スパイクは手招きしながらこう言っているのだから。


「リーダー、この子が話がしたいってさ。」


 急ぎもせずに階段を下りたレッドは、好奇心たっぷりの笑顔で待ち構えていたその少年に手を引かれて、ソファーに座った。少年は熱い憧憬どうけいの眼差しで、まぶしいほど嬉しそうな笑顔をめいいっぱい向けてくる。


「やあ・・・名前は?」

 参ったな・・・そう思いつつ、レッドはきいた。


「キーファ。」


「キーファ・・・珍しい名だな。」


「よく言われる。僕、ほんとはここの子じゃないから、付けてくれた人は知らないんだけど。あ、でも、生まれは西の方の国だって教えてもらった。」


 どうやら、この子はもともとエドリース地方の孤児らしい・・・と、レッドは推測すいそくした。そう思うと、この少年キーファに対して、孤児みなしごだったレッドは不思議と親近感が湧いてきた。


「アイアスの試験所って、どこにあるの?」


「ロナバルス王国の、北の外れのユダって土地だ。ここからなら、そんなに遠くない。」


「どうやったら、なれる?」


「よく食べて、よく寝て、一生戦い続けるって誓うことができたら、なれるよ。」


 おいおい・・・と、そばで聞いていたスエヴィは、内心密かにツッコミを入れた。


「一生?おじいちゃんになっても?」


「そういうことになるな。実は本当のところは、よく分からないんだけどな。とにかく戦える限りだ。もし辞めたいと思うようなことがあったら、この紋章もんしょうは皮膚を剥ぎ取ってでも消さなきゃならない。名誉めいよも何もかも、捨てちまうことになる。」


「でもアイアスって、すごく強くないとなれないんでしょ。お兄ちゃんは、どうやって強くなったの。」


「俺は、すごく強い人に教えてもらった。俺の場合は、アイアスになることしか頭になかった。その人がアイアスだったから。」


「アイアスに教えてもらって、アイアスになったの⁉」


 レッドはほほ笑みながらうなずいた。


「彼は父親のような存在だった。彼の頭にも、俺をアイアスにすることしかないようだった。だから、ただそれだけを目指して訓練して・・・ほかの道は考えられなかった。」


 その話に、周りにいる男たちも知らずと耳をかたむけていた。アイアスという存在は、彼らにとっても偉大であこがれの的である。自分の少年時代を思い出すと共に、アイアスやレドリー・カーフェイという男のことを、その部下たちは改めて考えた。


「そっか、カッコいいなあ・・・なりたいなあ・・・。」


 キーファは恍惚こうこつとして、何か遠いものでも見つめるようにつぶやいた。


 この少年は、どちらかと言うと子供ながらに鋭い顔で、家の力仕事でも手伝っているのか、なかなかに見込みのあるいい体つきをしていた。レッドはその容姿に、知らずと自分の少年時代の姿を重ねていた。


 とたんに辛い記憶がよみがえってきた・・・親と生き別れた時の。そのせいで不意に憂鬱ゆううつになり瞳をかげらせたレッドは、あわててそれを振り払うように微笑した。


「女の子にモテないぞ。戦場を駆けずり回りっぱなしだからな。」


「え、お兄ちゃんモテたことないの?」


 周りの男たちから、気のいい笑い声が上がった。


「俺が、アイアスであるせいばかりじゃないけどな。」と、レッドは肩をすくってみせた。


 誰もが、キーファの相手をしているレッドを見ていて思った。


 笑うとそうでもないんだな・・・。


 そこへ厨房ちゅうぼうから香ばしい匂いが。


 レッドは鼻で空気を吸い込み、その香りを味わった。親子は、大わらわで食料を用意してくれている。だがそれは、旅における携行食だ。隊員たちは今、誰もが空腹だろう。今夜の食事も用意してもらえたら・・・と、つい図々しく望んでしまったレッドは、ソファーから腰を上げた。みんなに何か食べさせなければ。


 すると、玉子のスープと焼きたてのパンを持ったフィオナとローランが出てきた。


 傷つき、疲れ果て、風呂上りのような姿のままでいるしかないそんな戦士たちに、二人は温かい食事と、そして、恥ずかしさで少しほおが赤らんだ、天使のような笑顔を配り始めた。








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