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一人目の恩人 ― 大将ジェラール



 頭に誰か大人の笑い声が響いてきて、緩慢かんまんに意識を取り戻しつつあったレドリーは、うっすらと目を開けた。すぐ目の前に、先ほどの憎らしくてならなかった男とはまた違う男が、しゃがんでそこにいた。朦朧もうろうとしてはいたが、違う顔だというのはすぐに分かった。だんだんはっきりしてきたその顔は、優しそうな灰緑色の瞳の二枚目だった。さきの男の極端なかぎ鼻が印象的な、いかにも意地悪そうな顔とは似ても似つかない容貌ようぼうだが、レドリーはたちどころに嫌悪感を催して、相手をにらみつけた。


 ジェラールは、レドリーのその怒りの顔に、穏やかな微笑を振り注いだ。

「お前はこれから私と共に南へゆく。バラローマへ向かわねばならんのだ。だが、かの地まで付き合うことはない。途中で別れよう。」


 ジェラールは立ち上がって首をめぐらし、泣きわめく子供たちを見た。そして再び部隊長に視線を戻して、「総督はどこにいる。」ときいた。


「はっ、すでに帰国されましたが。」


「帰国しただと? 事態の収拾も満足にせずにか。」


 気になって来てみれば・・・。ジェラールはまた周囲を見渡し、胸中でそう吐きてた。それからふと気づいて、こう問いかけた。


「指示書は誰が持っている。総督か。」


「いえ、私が。」

 部隊長は、内ポケットから取り出したそれを手渡した。


 ジェラールはその書類に目を通しながら、「使いの者は送ったのか。」


「いえ・・・。」


「なぜ。漏洩ろうえいせぬよう、決行日は当日の事後報告という指示で間違いないようだが?」


「総督が・・・放っておけと。」


「呆れた男だ・・・。隣町の役場へすみやかに連絡しに行け。総督の命に背いた責任の一切は、私が負う。」そしてジェラールは怒りをこめてつぶやいた。「それどころか、国へ戻ったら会議が必要だ。ヤツを裁判にかけてやる。」と。


 そしてそれを、部隊長はそばで確かに聞き取った。


「私は、その隣町レス・アロードの旅籠はたご〝黄金の鷹〟に滞在している。この少年の手当てを済ませたのち、そこへ連れて来るように。そこで、この件に関する一部始終を報告せよ。」


 ジェラールが去ろうとしてあぶみに足をかけた時、部隊長があわてて身を乗り出してきた。


「閣下、その・・・町を焼き払えとの命令を受けておりますが。」


「なんだと。」くらにまたがったジェラールは、眉をひそめてつぶやく。「ダルレイめ、なにを勝手な指示ばかり出している。」


 確かに、この廃墟はいきょと化す町を取り壊して、我々の軍事基地を設けるという話があるにはあるが・・・それを知ってのことか? だがあまりにも勝手が過ぎる・・・何を企んでおるのだ。


 少し馬を歩かせて兵士たちに近づいたジェラールは、さらに気になって部隊長に問う。


「ほかには何を聞いている。」

「は、食料を調達し、まだ隠れている者は皆殺しだ・・・と。」

「なるほど。」


 ジェラールは顔をしかめた。ダルレイは、単にまだ潜んでいる者たちを焼き殺したいだけなのだと合点がてんがいった。


 それからジェラールは、運河にかかるね橋を渡って来た時に、昔からある集会所のような建物などを見たのを思い出して、思案した。そこには跳ね橋を操作する者が仕事でやってくるし、そのため、ある程度設備も整っているはずだった。


「では、ほかにもまだ部下が残っているのだな。今は民家を荒らしに行っている最中だというわけか。」


「はい。歩兵の半数が。」


「止めさせろ。食料は、運河沿いの公共施設に集めよ。跳ね橋のそばにある建物だ。通ってきただろう。火を放つのは、残された町民たちをそこへ避難させたのちにだ。だが、一日待て。それが済んだら、何も取らずにさっさと引き上げるがいい。それに必要のない者は、今すぐに帰国させろ。総督に報告するなら、全て私に命じられたと伝えよ。それと、私が直接話をしたがっているともな。」


「閣下・・・まだ隠れている者の処分は。」


「私が一日待てと言った意味を考えろ。お前たちの判断に任せる。根こそぎ奪う必要はない。」


 大人たちが何やら話していることは、子供のレドリーには理解しかねた。ただ、皆殺しだとか、町を焼き払うとか、火を放つという言葉は強烈で、物凄いショックを受けた。


「そんなこと、させるもんかっ。」

 レドリーはひどい傷のせいであえぎながら、ジェラールを見上げて叫んだ。


 ジェラールは、無数に傷つけられながらも恐怖を微塵みじんも感じさせず、切れ長の鋭い瞳で懸命に訴えてくる少年を見下ろした。その瞳の奥まで、食い入るようにじっと見つめた。


「正義感の強い、いい目をしている。」


 馬を回したジェラールは、およそニ十キロ離れた隣町レス・アロードへと去って行った。









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