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二刀流の鷲 ― レドリー・カーフェイ


 レッドとスエヴィは、薄暗うすぐらいランタンの明かりを挟んで向かい合っていた。毛布を体に引き寄せて耳をそば立て、会話もなく、ひっそりとした闇を気にしながら、ただ用心深くじっとしている。こうして見張り番を務める時には、平地よりも気温が下がる山中の夜気やきは特に身にこたえる。


 そんな冷気が漂う中に、うっすらと霧がかかる夜だった。頭上の木の葉の間からは星は一つも見えず、夜空は一面雲に覆われていた。 


 スエヴィがふと目を向けたレッドの肩越しに、毛布を羽織ったシャナイアが歩いて来るのが見えた。


 シャナイアはそのまま近付いてきて、レッドの横に立った。


「ごめんなさいね・・・取り乱しちゃって。」


 レッドが見上げると、彼女は悲しみ冷めやらぬ声で言った。


「いや・・・もう、大丈夫か。」


 シャナイアは無理に笑顔を作ってみせ、そのままレッドの隣に座った。


「悪かったな・・・ぶったりして。」


 シャナイアは苦笑混じりに首を振った。


「リーダーのこと・・・本気だったの。」


「え・・・。」


「リーシャが最後に言おうとしたことよ。私、リーダーのこと本気だったの・・・。知ってたのよね、あの子の気持ち。だから、私のせいで最後の告白もできないままってしまったんだって思うと、たまらなくなって・・・。先輩なのに・・・情けない。」


 シャナイアはひざを引き寄せて、その上に顔を伏せた。


 そう言った彼女の声は、途中から涙声なみだごえになったようにもレッドには聞こえた。


 もともと女戦士の存在は少ないが、傭兵ようへい同士の恋愛は本来タブーである。それでも本気で想いを寄せてしまい告白するとしても、どちらかが、普通は女性の方が戦士を辞める気がなければ、それだけであきらめなければならないからだ。互いに傭兵のままでは家庭は築けないし、その後行動を共にできたとしても、互いの死に直面するのを常に恐れ続ければ、精神的に耐えられなくなる。それゆえ秘めたままにする者が多いのだが、そんな彼らでも唯一素直になれる時がある。それが死ぬ時だった。


 レッドは理解した。シャナイアがあの時「ダメよ!」と叫んだ意味を。彼女はリーシャに、これを言わせてあげたかったのだろう。


 レッドは、そのリーシャのことにはどう返せばいいのか分からず、しばらく口を開かなかったが、やがてこう言い出した。

「シャナイア・・・俺にはな、命の恩人が三人もいるんだ。」


 シャナイアは驚いて顔を上げ、レッドの方を向いた。


 レッドは言葉を続けた。

「故郷が敗戦後、町にやってきた敵国の指揮官に歯向かった俺は、みせしめに鞭打たれたあげく殺されかけたことがある。それを助けてくれた人が最初の恩人で、その次は、その時に孤児みなしごとなった俺を育ててくれた人だ。けど、どっちも俺がまだガキの頃のことで、二人とも今もきっと健在だろう。だが三人目は・・・俺の代わりに死んでしまった。俺の先輩だった。」


 シャナイアはその言葉に驚き、彼を見つめたまま黙って話の続きを待った。

 レッドの方は、ずっと地面に目を向けて話していた。


「だから、その人もアイアスだった。俺に剣術を教えてくれた人だから、師匠であり命の恩人だ。あの時はひどく自己嫌悪におちいったが・・・俺は、その人に助けられたこの命がある限り、意味のある生き方をしようと思った。助けられたこの命が、その人よりもおとるようなら許されないことだって思うようになった。だから、俺は誓った。その人の分まで戦うと。その人はアイアスでも超一流に違いないから、上を行くのは並大抵じゃあないがな。これ以上は・・・悪いけど、話したくはない。」


 シャナイアは、し目でそう語ったレッドの横顔を見ていた。

 彼は、これまでどれほどの悲運に立ち向かい、乗り越えてきたのだろう・・・そう思うと、シャナイアは、最初レッドをさげすんだことを恥じ、後悔こうかいした。彼には計り知れない内面がある・・・。彼はきっとチームの誰よりも偉大な男で、隊長を任せられるのも当然のことだったのだと理解した。


「あなたなら・・・きっと越えられるわ。」


「・・・もう、休んだ方がいいぞ。」


「そうね・・・。」


 シャナイアははにかんだような微笑みを返して、立ち上がった。


 彼女が戻って行くとスエヴィはレッドを見たが、いつものように茶化すこともせず、ただどこか切ない笑みを一瞬浮かべてみせただけだった。






 テントの中で、体力の回復をはかろうと静かに目をつむっていたスパイク。だが、まぶたの裏には一人の男の戦う姿が焼きついていて、おかげで眠れずに弱り果てていた。それで、もうほとんど眠りかけていた相棒のジョーイの方を向いた。邪魔をしてはいけないと思いつつも、声をかけずにはいられなかった。


「なあ、リーダーの剣捌けんさばき見たか。」


「そんな余裕あるかよ。」

 ジョーイは、目を閉じているそのままで答えた。


「俺、リーダーの近くにいたんだけどさ、あいつ両手に長剣持って、代わる代わる敵をほとんど一撃で倒してんだよ、信じられるか?」


「ほんとかよ。」

 ジョーイは目を開け、スパイクの方へ体を向ける。


 これに、同じテントにいたほかの男たちも興味を持って、次々と目を開けた。彼らは仰向あおむけから体を横にして頭を寄せ合い、口々にしゃべりだした。


「俺も見た。しかも全く無駄のない獣じみた身ごなしでさ、攻め入る隙がなくて、ヤツらビビりまくってたぜ。」

 タイラーが言った。


「それでヤツら、いきなり尻尾巻いて逃げ出したってわけか。」

 ジェイクが続けた。


 そのあとジョーイが、「俺、そういえばずっと気にはなってたんだよ、あいつが二本剣を持ち歩いてることにさ。まさか二刀流のわしだったなんて、やっぱすげえな、アイアスって。」


うわさ以上だな。」と、スパイク。


「俺さ・・・最初あいつのこと見ただけで、顔は生意気そうだし小僧こぞうだし、それで上に立たれるかと思うと無性にムカついてたんだけどさ・・・今は、何を命令されても腹が立たなくなったんだよな・・・。」     

 ジェイクが、どこか恥じるような顔で言った。


 するとそこにいる誰もが同じような表情になり、スパイクはこう言った。

「俺はうたげの時にちょっと話したけど、その時にハッとしたんだ。それから思った。こいつ、見かけでそんしてるなって。あの険しい顔・・・笑うとそうでもなかったんだ。」


 するとタイラーが、「今日・・・リーシャやシャナイアに対してヤツがとった行動を見てさ・・・思っちまったんだ。こいつ・・・ひょっとしたら、いいヤツかもって。」


「俺もだ・・・。」


 そのセリフは、驚いたことにほかの者全ての息が合っていた。


 黙って互いの目を見合う男たち。


 それから彼らは、レドリー・カーフェイという男にことのほか畏怖いふの念を感じつつ、話をそこまでにして頭から毛布をかぶると、眠りにつくことだけを考えようとした。









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