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アイアス


 木の葉の隙間すきまから陽の光が射し込んでくる頃、一行は水源の湧水わきみずを目指して、やや険しい岩場を上がっていった。だが、青々と生い茂る葉が穏やかに揺れている、清々《すがすが》しい朝を迎えることができた。


 やがてたどり着いたそこは、澄みきった水が急斜面を駆け下りて、間もなく広い緩やかな川へ流れ込む場所。周りは岩だらけで足場は良くないが、代わりに腰を下ろして休めるところはいくらでもある。ここで朝食をとって、飲み水を補給する。


 隊員たちは一斉に川の冷水で顔を洗い、爽やかな歓声を上げていた。


「王女様、どうぞ綺麗な水に浸したおしぼりでございます。」


 モイラは湧水の場所まで行って用意したそれを、うやうやしくユリアーナ王女に差し出した。


「ええ、ありがとう。とても綺麗ね、この川の水は。」


 女戦士たちはみなレッドも感心するほどまめで、王女に対してよく気配りができ、立派に侍女じじょの代わりを務めている。


 その様子をふと見かけたレッドは目を細め、それから小さな滝に手を突っ込んで軽く顔を洗った。


「これ、使えよ。」という、スエヴィの声が右隣から聞こえた。


「ああ悪い・・・。」


 手拭てぬぐいを差し出してくれていると分かり、レッドは右手でそれを受け取って顔を拭きながら、左手はそばの岩の上へ。そして、「あれ?」と思う。その場所にテリーの形見 ―― 刺青いれずみを隠している赤い布 ―― を置いたはずなのだが、なかなか感触が得られない・・・。


 レッドは、さらに二度 むなしく手探りしたあと、どうしたのかと顔を上げた。


 すると、あった・・・が、それはシャナイアの手の中にあった。


 スエヴィがいたからか、不覚にもその気配に気づかなかったレッドは、シャナイアを見つめて固まってしまった。


 それにも気付かず、シャナイアは無断でつい横から取ったもの ―― レッドが形見にしている赤い布 ―― を不思議そうな顔でしげしげと見つめている。


「ねえ、どうしていつもこれしてるの? 何か訳でも・・・。」


 そう言いながら、やっとレッドの方を向いたシャナイア。互いの目が合い、すぐに視線が上にずれて、びっくり仰天の顔に。そして我に返るなり、こう驚嘆きょうたんの声を張り上げていた。


「あるんだ・・・アイアス! あなた、アイアスなの⁉」と。


 よく通ったその声が響き渡って隊員たちの視線がいっきに集まる。


 サッと戸惑った顔になったレッドは、どぎまぎしながら周りのあちこちに目を向けた。


「だからリーダーなんだ、へえ、そうなんだ!」

 もっとよく確認したくて、シャナイアは思わずレッドの前髪をすくい上げる。


「なんだよっ。」

 レッドはよろけるように一歩身を引いた。


 すぐに褐色かっしょくの髪がおりてきて組織の刺青いれずみは一部隠れたが、シャナイアの目は、はっきりとレッドのひたいに描いてあるものをとらえていた。


「それってあの紋章もんしょうでしょ⁉ すごいっ、初めて見たわ!」


「うるさい、シャナイア、止めてくれ!」


 あの紋章・・・獲物を捕らえる瞬間をかたどったわしの刺青のこと。その誕生にはいわれがあり、一種独特で、ほかとは比較にならない合格基準で選び抜かれる最高峰の組織アイアンギルス――通称アイアスの紋章である。ロナバルス王国の北のはずれ、ユダの町にあるそこは戦士養成所ではあるが、もはや資格更新のための試験場となっている。合格すれば自動的に組織の一員となり、生涯そこのおきてに従うことになる。


 ベテランのアイアスであるテリーに引き取られたレッドは、傭兵という概念がいねん 云々《うんぬん》については、まだ認識が足りない若年でその登竜門をくぐり抜けた。史上最年少合格者ということだった。伝統にのっとり、組織の紋章を額に入れると決まっていることも知らなかったが、なにもかも、そういうものとして素直に受け入れていた。


 そのため、行く先々で出くわすこういった大袈裟おおげさな反応は思わぬことだった。ただ、レッドの場合は、あり得ない若さのせいもある。


 だからそのうち、得意気になって歩くどころか、「見世物みたいだ・・・。」と肩をすくめるようになってしまった。それに気づいたテリーが、呆れながらもアイアスであることを隠すために結んでくれたのが、その赤い布だった。


 露骨に驚いた顔の隊員たちに、気付けばレッドは取り囲まれていた。今、落ち着いて和やかな表情でいるのは、よく分かっていない王女とそのペットだけだ。


「なんで恥ずかしがってるのよ、最強の証よ? おかしいでしょ。」 


「いいから、返せっ。早くっ。」と、この間もまだ彼女の方にある大切なものに、レッドは慌てて手を伸ばす。そしてまたさっさと額を隠した・・・が、もはや意味はない。周囲の誰もが、驚きのあまり、まだレッドの顔から目を放せないでいるのだから。


二十歳はたちのアイアスかよ・・・。」

「どおりで・・・。」

「強いわけだ。」


 レッドは、隣で肩をすくってみせるスエヴィを横目に見た。


 隊員たちのあからさまな注目を浴びながら、レッドはしばらく、ただそこに立ち尽くすほかなかった。








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