表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
56/123

リーシャの密かな想い


 帝都を出発してから、ずっと丘陵きゅうりょうふもとに沿って歩いてきた一行は、何事もなく六日目に入って山道に踏み込んだ。高い木立こだちの間の歩き辛い坂道を進んでいると、やがて夕闇が迫ってきた。


 レッドは後ろを振り返り、疲れが出始めた様子の隊員たちを見た。ロバに揺られ続けている王女にも疲労が見られる。


 レッドは、王女と隊員たちをその場に待たせ、一人道から外れて斜面を下っていった。


 それからしばらくして戻ってくると、ユリアーナ王女をミシカから降ろして、その手を取った。そして、下見をしてきたやぶの道へと導いた。隊員たちもあとに続く。おとなしくて利口なミシカは、放っておいてもついてきた。


 やがて一行は、川の水音がかすかに聞こえてくる、少し広くなった場所にでた。足場もそう悪くはなく、藪に紛れてテントを張ることができるところである。


「野営の準備を始めてくれ。」


 そのリーダーの声に従い、隊員たちは黙って行動を起こした。彼らは隊長・・・つまり、レッドに対して多少の不信感を抱きながらも、とりあえずは従順に応えていた。これまでも、あらかじめ決められた通りにテキパキと動いた。そんな中、隊員たちの彼に対する印象は、はじめの頃とは少し違ってきていた。なぜなら、彼の指示は的確であるばかりでなく、驚いたことには手馴れたように堂々としているからだ。


 実際、ライデル率いる盗賊一味に育てられたレッドは、皮肉なことに、おかげで身についた知識――山中や砂漠などの自然に関する知識――が備わっていたからこそ、若年でもアイアスになれたし、どんな険しい場所も、自信をもって進めるようになっていた。その点、彼は、今さらながらライデルに感謝したものだった。


 邪魔になる木のつる丈高たけたかくきを排除しながら、ある者は雑木林ぞうきばやしに目立たないようテントを張り、ある者は食事の準備を始めた。煙が上がる焚き火を起こすことができないため、携行食にはそのまま食べられるした肉や果物、それに堅パンばかりが用意されていた。テントはひもが付いた大きな一枚布だけ。いくらでもある樹木の枝を利用し、くいと紐で固定するという、雨風をしのいで眠る目的だけの簡易かつ軽量のもの。


 隊員たちのさすがに手慣れた働きぶりを確認していたレッドは、つい気を抜いて目元をゆるめた。その視線の先には、ユリアーナ王女が。彼女は幼い子供のような笑顔で、ミシカに、切り分けた人参や林檎を自らあげているのである。そのロバはどうも贅沢ぜいたくに育ったらしいと、レッドは呆れたように笑みをこぼして肩をすくった。そして、隊の荷物を点検し、まとめ直しているスエヴィの方へ足を向けた。


 それから数分後。


 物資の確認をしているその二人のもとに、女戦士の一人が何か嬉しそうに駆けてくる。中でも若いリーシャだった。


「ねえリーダー、食事もう配り終えたんだけど、ほかに何かすることない?」


「ああ、お前も食べてゆっくり休め。」

 レッドは袋の中身から目を離さずに言った。


「平気よ、私、疲れてないの。あ、ねえこの荷物は?これは見た?」

 リーシャは、シートで包んで紐で縛ってある大きな荷物を指差した。


「それは毛布の束。」


 といっても、外套がいとうがその役割を果たしてくれるので、極力荷物にならない薄手のものである。認識としては戦死した仲間の遺体を包むもの・・・という意味合いの方が強い。


「じゃあ、これも皆に配る分ね。テントに持って行くわ。」

「あ、そこ段差あるから ―― 。」

「きゃあっ!」


 見事な反射神経で回り込んだレッドは、リーシャが足をくじく前に体で支えてやっていた。 


 リーシャは、助けてくれた相手の胸に頬を付けたまま、顔を真っ赤にしている。

 レッドは、そんなリーシャの顔をのぞきこんで、困ったようにほほ笑んだ。こんな時、普段は近寄りがたい精悍せいかんな顔が一変して優しくなることを、スエヴィは知っていた。


「頼むから、気をつけてくれ。足をケガされたら、置いて行かなきゃならなくなる。」


「うん。ごめんなさい、リーダー。」

 あわてないよう体勢を立て直したリーシャは、はにかんだ笑みを返して、ゆっくりと戻って行った。


「わざとやっているとしたら・・・見事だな。」

 本気で感心して、スエヴィはつぶやいた。


「何が。」

「その顔の使い方。」

「はあっ⁉ どういう意味だっ。」

「いや、いい。その点、お前はそんなに器用じゃないのは知ってる。」と返して、スエヴィは苦笑を浮かべる。


「・・・まあいい、とにかくあと頼む。俺、ちょっと辺りの様子見てくるから。完全に暗くなる前に、敵の気配と、水源の場所を確かめておきたいんだ。」


「了解。すぐ戻ってくれよ。」


 レッドは耳を澄まし、川の水音を探りながらやぶの中へ姿を消した。









評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ