恋慕
シャナイアを背負ったレッドが、彼女の心許ない口案内に従って歩いていくと、川に架かる石橋を渡った先に、三角屋根を戴いた上品な外観の館がふと姿を現した。
彼女に指示されるままに、レッドはその建物の門をくぐった。
中へ入ると、今度は見るからに家賃の高そうな、清掃が行き届いている艶やかな廊下がまず目に入った。その上には小さなシャンデリアが吊られてあり、壁には綺麗な風景画が掛けられている。
「ずいぶんいい所に住んでるな。」
「住まわせてもらってるのよ。ここ宿舎よ。」
「へえ・・・というか、用心棒のくせに、なんで王宮に住まわせてもらってないんだ。」
「基本的に夕方までの契約だもの。でも、こことももうすぐお別れね。」
「そういうことになるな。」
レッドは階段を三階まで上がり、玄関の前でシャナイアを下ろすと、部屋の鍵を受け取ってドアを開けた。
「ほら、鍵も開いたぞ。ちゃんとベッドで休め。」
壁にもたれてうつむいているシャナイアが、無言で両腕を突き出してきた。
やれやれ・・・。レッドは彼女を抱き上げようと腰を落とした。
すると突然、首に腕を回されグイと引き寄せられた。油断した。酔っているせいか、シャナイアは遠慮なく抱きついてくる。倒れそうになり、とっさに背中を支えてやったレッドは、この勝手な美女を恨みたくなった。この体勢はさらに過酷だ。思い出せば体まで耐えがたくなる記憶がまたよみがえる。
レッドは、実際ただの酔っ払いでしかない体をさっさと中へ運び込んだ。
女性の部屋らしく、室内は清潔で整頓もされていた。アーチ窓の前にベッドが置いてあり、ほかに二人用のテーブルセットや、壁際にはクローゼットとドレッサーがある。
だが、レッドが真っ先に目に留めたものは、裾が軽やかに広がっている独特な衣装。ハンガーで吊るして壁面のフックに掛けてあるそれが何かは、すぐに分かった。
「踊り子だったのか。」
「だったじゃないわ。踊り子で、戦士なの。踊れる時間がないだけ。故郷では、毎日のように踊ってたんだけど。」
「故郷って?」
「テラローズ。」
「なるほど・・・音楽と芸術の町か。」
レッドは言いながら、シャナイアをベッドの上にドサッと投げ下ろした。
なかなかに上等な寝台の上で、彼女の体は無造作にゴロンと反転した。
「もうちょっと優しく下ろしてくれたっていいじゃない。」
「優しくしたつもりだけど。具合、ちゃんと治せよ、じゃな。」
ずいぶんそっけない態度で、レッドはすぐに背中を向ける。
「ねえ、ちょっと・・・。」
猫撫で声が聞こえて、レッドが反射的に振り返ると、ベッドに肘をついている彼女は、上目遣いでさらに甘い声を出した。
「急ぐことも無いでしょう?」
足首まである紅一色のドレスに身を包んだ彼女は、まさに美の女神のような艶やかさで横になっている。その体勢では、どうしてもくびれた腰と豊満な胸元に目がいってしまう。しかもまともな男ならたちどころに参ってしまう表情で、実際レッドも、彼女を抱きたいという気持ちが全く無いと言えば嘘になる。だがそれは、言ってみれば飢えた狼がただ空腹を満たすようなものだ。
それで、レッドは一つ派手なため息を返した。
「悪いけど・・・体に吐かれても困る。」
シャナイアの顔が、呆れたというようにムッとなる。
「あっそ。お姉さんは嫌いなのね。」
「色っぽいのはな・・・。」
これを聞くと、まだ酔いが醒めきっていないシャナイアは、子供のように甲高い笑い声を響かせた。
「なんだ、苦手なんだ。かーわいい。」
「うるせえ、さっさと寝ちまえ。」
「はいはい、じゃね。ありがと。」
シャナイアはへらへらしながら、毛布の中に滑り込んだ。
「どういたしまして。」
レッドはまたやれやれと言わんばかりに返して、ドアへ向かった。
だが外へ出ると、レッドは急に疲れきったようになり、廊下の壁に背中をつけた。
そして、自分の両手を呆然と眺める・・・。
本当のところは、相手にもよるが、誘われればかたくなに拒むたちではなかったし、そういう後腐れのない関係も気にはしなかった。
だが今は違う。
素直になれば、まだ覚えている彼女のぬくもりを、まるで宝物のように惜しむようになっているのだから。それでも、このたまらなさも、そのうち時が解決してくれる・・・そう思うも、厄介な感情だった。女性のそれと似たもので紛らせることができれば、どんなに楽か知れなかった。
レッドは、そろそろと手を動かして、自分の胸を少し撫でた。つい彼女の感触を探り出そうと。
レッドは、切ないため息をついて目を閉じた。
戦から戻るといつもそうだったが、今はシャナイアのせいで生々しくよみがえってきた恋しさに、まだ割り切れないでいるうちは、そうして耐えるしかなかった。




