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処刑命令


 狭い地下倉庫から這い出したレドリーは、今は恐ろしい軍服の男にむずと片腕をつかまれていた。


「放せ、放せよ、バカヤロウッ!」


 しかし男は、レドリーが子供とは思えない驚異的な力で激しく抵抗するので、なかなか取り押さえられずにいる。そしてついには、ほとんどつかみ合いの喧嘩のようになってしまった。


 イライラをつのらせたダルレイは、もう一人、また別の部下に向かってあごをしゃくり上げる。


「お前も行け。」


 やがて二人の男に両脇を抱え上げられたレドリーは、いくらもがこうと抵抗もかなわなくなり、徐々にダルレイの前へと連れていかれた。


 レドリーは、そこで頭を押さえつけられてひざまずいた。


「やれ。」

「はっ。」


 その短いやりとりが頭の上で聞こえたあと、レドリーは乱暴に上着を脱がされ、再び両脇を抱えられて、上半身を真っ直ぐに引き起こされた。続けて背中に焼けつく痛みが襲いきて、レドリーは悲鳴を上げた。


「もっとだ。」


 部下が躊躇ちゅうちょしていると、ダルレイは依然として眉一つ動かさずにそう命じた。


 レドリーの背中に、何度も何度も鞭が叩きつけられた。日焼けしてつっぱった少年の背中の皮膚は腫れ上がり、血が滲んだ。


 男はたまらず手を止める。


「なぜ許可もなく止める。」

「閣下、これ以上はもう・・・。」


 ダルレイは仁王立ちで、一点張りの冷酷さで、傷だらけの少年を見下ろしていた。

「まだだ。まだ足りぬ。こやつの目から炎が失せるまで続けるのだ。目を開けることもできなくなるほど弱らせろ。気に食わぬ目だ。」


 レドリーは血走った目でダルレイをにらみつけていた。父譲りのその切れ長の目の鋭さは、ダルレイの怒りを無性に掻きたてた。自分に向けられているその眼差しを容赦ないものにし、いささかの情けもかけぬようなものにした。


 そのうち、その光景のあまりの恐ろしさに泣きだす子供が現れ始めた。


 しかしレドリーは・・・もはや悲鳴は上げなかった。ただただ歯を食いしばるばかりだった。どのような目にあわされようと、懇願こんがんはすまい。父は強く生きろと言った。泣きつくこととは違う。子供ながらにレドリーはそう理解し、叩き潰される最後の瞬間まで、それをもち続けようと誓った。


 だが、長く持ちこたえさせる矜持きょうじは、これに耐えるにはあまりにも若すぎる体に、きりもなく苦痛を与え続けるだけだった。それはいよいよ耐え難いまでになり、この極限でも泣きわめかないでいられるなど、そばにいる部隊長やその部下には、むしろ恐ろしいと感じさせるほどである。さらに驚かせたことには、再度鞭が止まった時、レドリーはかすむ目をきっと上げた。いどむような目をした。


「ほう、たいした小僧だ。健気にもまだらんらんと闘志を燃やしておるわ。愚かなヤツよ。」

 そう笑いながらダルレイは顔を寄せ、レドリーの顎をすくい上げた。


 信じられないことが起こった。

 レドリーはそのとたん・・・ダルレイの顔に唾を吐きかけたのだ。


「くっ⁉忌々《いまいま》しい小僧め! 子供らしく泣いてびを入れれば許してやるものを! おいっ。」


 ダルレイは着衣の袖で無造作に顔をぬぐいながら、凄い見幕でまた部下を呼びつけ、そして冷ややかに言い放った。


「殺してしまえ。」


「しかし陛下は ――。」


 そこで我慢ならずに身を乗り出した部隊長は、総督の面上に表れたものを見て、縮み上がった。何か陰謀めいた、ゾッとするような笑みが浮かんでいる。


「お前、この私に口答えしたことを、のちに後悔することになるぞ。」


 ここに、冷酷れいこくな沈黙が落ちた。


 だが少しして、広場のそこらじゅうにひどい泣き声が響き渡った。周りにいる子供たちが、一斉にわっと泣きだしたのだ。


 ダルレイは身をひるがえして、待機していた歩兵の列に向き直った。

耳障みみざわりだ、私はゆく。お前たちは捜索を続け、食料を調達したのちに町に火を放て。まだ隠れている者は皆殺しだ。」


 まさかと思い、部隊長は総督のななめ前へ回り込むと、あわてて問うた。

「閣下、調達した食料は・・・。」


 するとダルレイは、「くだらない口出しは、そのくらいで止めておけ。」と、嫌悪けんおを剥きだしにして答えた。


 それだけで、部隊長には理解がいった。


「それでは、残された子供たちはすぐに飢え死にしてしまいます。」

「知るか。」

「し・・・⁉」


 部隊長は絶句した。この任務に不満があるのか、だとしても無茶苦茶だ。気がふれたのかと。


 ダルレイは、衝撃や悔しさのせいで何も言えずにいる部隊長にはもう目をくれることなく、再びほかの歩兵に向かって声を張り上げる。


「いいか、正午までに命令を遂行すいこうして追いついてこい。正午きっかりだ。それ以上は待たぬ。」


 そのあと肩越しに振り返ったダルレイは、うとましそうにレドリーを見た。


「その小僧は、たっぷりといたぶって殺すのだ。午前中いっぱいでな。」


 ダルレイは、闊歩かっぽで自分の馬の方へ向かった。そしてくらにまたがったあと、残忍な目で首をめぐらした。


 ダルレイは悪罵あくばを吐き棄て、馬を回して去って行った。









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