最初で最後の・・・
「無くなっちまうんだろ・・・その・・・男と・・・。」
「いつ・・・知ったの。」
レッドは答えず、どうして教えてくれなかったのかと問い詰めることもなかった。きかなくても分かるからだ。こうなると彼女は知っていた。
レッドは答える代わりに、やがて言った。
「誰かを好きになるなとは言わない。だが・・・ごめん、俺にはできない。」
「失っても構わないわ。お願い、あなたは何も気にしないで。」
「そうはいかない。どうして、そこまでできるんだ、俺なんかのために。」
「あなたは自分のことも、私のことも分かってない。この力、あなたになら私 ―― 」
「イヴッ――・・・」 レッドはあわてて制した。「ダメだ、言うな。」
傍目にもわかる、ショックで体や唇が震えているイヴの顔を、レッドはおずおずと見つめるしかない。抱きしめたくてたまらないのを無理に堪えるのも辛すぎた。
「どうしても奪いたくないんだ。そばにいてやりたいし、いて欲しい。でも・・・そばにいれば俺はきっと・・・君に手を出す。怖くて仕方が無い。」
「怖い・・・?」
「俺を救ってくれたその力を・・・人を救うことができるその貴重な力を・・・奪っちまうかもしれないと考えるだけで怖いんだ。」
「レッド・・・。」
「君のそばにいて、その力を大切にし続けることができれば、どんなにいいかと思う。けど、現に俺は、あの時自分を見失いかけて・・・だから、自信がない。そうなれば、それこそ俺はきっと立ち直れない。こんな男に捧げちゃダメだ。」
イヴは目を逸らして、下を向いた。
「あなたにそんなことを言われたら・・・奪うだなんて言われたら・・・誰とも一緒になんてなれないじゃない。」
「そうか・・・ごめん。」
息詰まるような沈黙が続いた。
イヴは理解した。彼はもう、自分のことを以前と同じように見ることができなくなっているのだと。神聖で特別な存在で、恐れ多いもの。きっと、そんなふうに見ずにはいられないのだろう。こんなに悲しいことはなかった。だが、不思議と涙は出なかった。それはきっと、彼の愛情をまだ感じていられるからだろうと、イヴは思った。
だがその実、イヴにはレッドに内緒にしていることが、もう一つある。だから、自分の能力のことと共に、それを隠しているのがずっと心苦しかった。彼とはこれで終わる・・・。そうだとしても、彼以外に自分の全てを捧げる気になどなれないイヴは、彼がもし戻ってきてくれることがあるなら、もう全てを知ってもらったうえで、ただひたすら待っていたいと思った。
だから・・・。
「レッド・・・私、実は・・・もう待っている人がいるの。」
突拍子もない、突然の告白 —— 。
レッドは耳を疑った。
え・・・それは、つまり、誰が、誰を・・・もう?
肌寒い夜風が吹きすぎていった・・・。
「・・・は ⁉」
「違うの、ある時いきなり勝手に決めつけられて・・・私が修道女の、言ってみればリーダーみたいな役に選ばれた時だったわ。その証にこのペンダントを譲り受けたんだけど・・・。」
イヴは、ペンダントトップのオレンジ色の宝石をつかんで、レッドに見せた。
「その時にエマカトラ様が急に顔色を変えられて・・・そのあと、そんな話をされたの。」
「そんな話って?」
「時が来たら、ある人につき従うようにって。」
「ある人? 誰・・・?」
「神々の中心人物。」
「・・・なんだって?」
「私にもよく理解できなくて。なんでも、アルタクティスがどうとか・・・。時が来たら分かるとしか教えてもらえなかったの。」
「それって、この大陸の名前だろう?」
「いいえ、そうなんだけど、また違う意味があるみたいなの。とにかく、このペンダントを肌身離さずに持っていなさいって言われたのよ。あなたを迎えに来る人がきっといるからって。でも全く訳が分からないんだもの。だから真剣に考える気にもなれなくて・・・。」
レッドにとっても意味不明だったが、しばらくすると静かな声で言った。
「イヴ・・・だったら尚更だ。君は、何か大きな使命を負っている。そんな気がする。俺には・・・遠い存在だ。」
イヴはうつむいて、黙った。
それ以上、レッドも何も言わなかった。無言のまま、ただイヴの様子を気にしてじっと見つめていた。
また夜風が吹き抜け、二度通り過ぎていった。
「そう・・・分かったわ。」と、やがてイヴはつぶやいて、顔を上げた。「でも、あなた以外の人を好きになんて、絶対にならないわ。あなたが戻ってきてくれなくても・・・それでも私は待ってる。神々の中心なんて人なんかじゃなくて、あなたを待ってる・・・から。」
その声は次第に弱々しくなり、イヴはまた下を向いた。
「イヴ・・・。」
どう反応すばいいのか分からないレッドの眼差しはひどく切ない。
「私がただ、そうしたいだけだから・・・。」
このままではいけない・・・と、イヴは焦った。自分の正直な気持ちを押し付けて、彼を苦しめたまま終わるわけには。こんな自分勝手なこと・・・。
どうすれば・・・とイヴは考え、そして思いついた。
「あの返事・・・。」
「え・・・。」
「私のこと・・・好き《《だった》》?」
そういえば、イヴにはっきり好きだと告白された時、あなたは? ときかれて答えていなかったことに、レッドは気づいた。自分の気持ちを、分かりやすくて最も素直な一言にしたことは無いと。それを思い残すことなくきちんと伝えて、そして彼女の前から去りたいと思った。そうすれば、彼女とのことは、綺麗な思い出のまま胸にしまっておけるだろう。
姿勢を正して向き直ったレッドは、真っすぐ食い入るように見つめ返して、はっきりと口にした。
「愛してる・・・心底。最初で最後のひとだ。」
ゆるぎなく、切々と胸にひびいてくる声。想いが痛いほど伝わってくる。
イヴはますます恨みたくなり、目を閉じた。
ただひと言、〝ああ・・・。〟とうなずいて欲しかっただけなのに。
それで終わり。
なのに・・・なのに、彼ときたら・・・。
イヴはたまらなくなり、レッドの背中を抱きしめた。彼の胸にわざと顔を押しつけ、こう言ってやりたくて。
「馬鹿・・・。」
レッドの耳には、何かくぐもった小さな声が届いただけだった。
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