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【新装版】アルタクティス ZERO ~ 神の大陸 自覚なき英雄たちの総称 ~  作者: 月河未羽
外伝2  ミナルシア神殿の修道女 【R15】
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アイアスと修道女


 いつものようにイヴを送りながら、だがいつも別れるり橋にたどり着く前に、レッドは不意に立ち止まった。それに気づいて、イヴは彼よりもやや先になったところで足を止め、そして怪訝けげんそうに振り返った。


 だが、レッドの様子が今日一日なんとなくおかしかったことには、イヴもとっくに気付いていた。子供たちに対しては笑顔も見せたし、何一ついつもと変わった様子はなかったのだが、自分と話をする時の今日の彼となると、気のせいか、うつむき加減であまり目を見てくれなかったことが、イヴには少し気掛かりだった。


 そして今も、レッドはし目がちで突っ立っていた。


「どうしたの?」


 イヴが歩み寄ると、レッドはやっとイヴの目を真っ直ぐに見た。だがその顔はひどく強張っていて、イヴを無性に不安にさせた。


 そんなかたい表情のままで、レッドは言うべきことをついに切り出した。


「俺・・・町を出るよ。今までのように旅をする。」と。


 その瞬間、不安が衝撃となって返ってき、イヴは愕然がくぜんたたずんで、言葉どころか声すら出なかった。


「どう・・・して?」

 やがて、やっと出したその声は、ひどく震えていた。

「どうして? ずっとここにいるって、私を待っててくれるって・・・そう言ってたじゃない。」


「俺はアイアスだ。戦うことしか知らない男だ。一生正義をつらぬき戦い続ける、そういう使命を負ってる。どういう理由であれ、それにそむくことなどできないと気付いたんだ。ほんとに・・・最低だな、俺。」


 レッドは謝る言葉もなく、うな垂れて、苦渋に満ちた顔をした。


 この場で泣き崩れるかもしれない・・・と、レッドは恐れた。それとも、涙を見せる前に走って帰ってしまうだろうか・・・後味の悪い別れ方だ。互いの心に深い傷が残るだろう。時が解決してくれればいいが・・・。そんなことを考えながら、レッドは覚悟を決めて待った。そうなる前に、せめて思い切りひっぱたいて欲しいと思った。


 ところが、イヴはこの場で泣き崩れることも、泣いて走り去ることもなかった。それどころか決然とした声で、こう言ったのである。


「私こそ・・・ごめんなさい。ほんとは知ってたの。いろいろ教えてくれた子がいて・・・。でもあなたが悩んでる姿を見たら・・・待てるって言ってあげられなかった。でも、あなたがもう迷わないでいられるなら、ここに帰ってきてくれさえすればいいのよ。待つこともできるし、離れることにも耐えられるから。でも別れるのは・・・。」


 レッドは絶句した。


 イヴが、自分一人だけが多大な犠牲を払うことになっても構わないと思っていたのを知って、何よりも驚かされた。それにじゅうぶん応えてやることのできない男のために、安易に決めていいはずがない。


「君は戦場を分かってない。俺はいつも、いつ殺られてもおかしく無い状況で戦ってる。むしろ殺られて当然の、そんな戦場でだ。俺はたくさん人を殺してる。いずれ俺もられる。戦場で戦って死ぬ。それが俺のさだめだ。だから、君の知らない間にきっと死ぬ。遺体は生々しい爪痕つめあとを残した荒野のただ中にそのまま ―― 」


 レッドの左頬が小気味のよい音をたてた。


 イヴはハッとした。気づいたら、彼に平手打ちを食らわせていた。

 レッドはそれを簡単にけることもできたが、そうしなかった。


 イヴは取りつくろうようにして、あわててレッドの頬を撫でた。

「ごめんなさい。あなたが意地悪言うから・・・。」


 レッドはその手をそっとつかんで、イヴの目を見つめた。それから、重苦しいため息をついて、悲しい声で言った。


「無くなるんだろ・・・。」


 イヴの面上に、サッと動揺がよぎった。


 この時、ようやく気付いた。レッドの気が変わってしまった最大の理由に。ただ、隠し通せるとは思っていなかったし、そのつもりもなかった。まだ打ち明けることができないだけだった。その前に分かってもらいたかったから。彼はどんな不安も恐怖も忘れさせてくれ、安らぎをもたらしてくれる、愛しくて尊い存在だということを。それをしっかりと伝えたかった。だから時間が欲しかった。


 そうすれば彼も変わり、真実を告げても、受け入れてくれる日が来たかもしれない。彼がアイアスのままでいるとしても、構わなかった。例え、何か月も戻れなくても、この大陸のどこかにいると知りながら叶わぬ思いをなげくよりずっといいと、そう覚悟ができていたのである。


 愛しくて尊い存在・・・それは、レッドにとっても同じだ。自分を必要としてくれていることも分かっていた。だから名誉を捨てて、一緒になろうと決心した。


 ところが、彼女の力 ―― 修道女の治癒力 ―― についてよくよく知ったからには、そうもいかなくなった。だがレッドは、本心では彼女に能力を捨てて欲しくはなかったが、それを無理強むりじいすることはできない。神殿を出た修道女は自由だ。


 だがいくら愛し合っているとはいえ、その時、力を失った彼女が平然としていられるとは思えなかった。修道女と結ばれる者は、そこでそんな彼女を優しく抱き寄せて、なぐさめる言葉をたくみに囁ける男でなければならない。レッドは、自分には、それはできそうにないと思った。勢いのままに彼女の力を奪ってしまったことを後悔し、自分のことで一杯一杯になるだろうという気がした。








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