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【新装版】アルタクティス ZERO ~ 神の大陸 自覚なき英雄たちの総称 ~  作者: 月河未羽
外伝2  ミナルシア神殿の修道女 【R15】
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ジャックの想い


 レッドは愕然がくぜんとした。


 あの力を奪うなんて、できるわけがない・・・。そう思うと、突然我に返った気がした。アイアスを辞めると決心するなど、とんでもないあやまちだという気がした。何もかも許されないことだと思った。テリーへの誓いにそむくことも、彼女と一緒になることも。レッドは、自分の意気地いくじの無さを思い知ってたまらなくなった。


 もう何も聞けなくなっているそんなレッドのそばでは、飲み仲間たちがまだ彼女の話を続けている。


「考えてみれば理論的に納得だよな。修道女といえば、神の申し子。純潔のシンボルだもんな。」


「もと修道女と結ばれる奴って、やるとき罪悪感に駆られるだろうな。」


「それがまたいいってこともあるぜ。それだけ愛してくれてるってわけだろう? これ以上確かなものはない。」


 衝撃と痛切感に追い詰められたレッドは、居ても立ってもいられなくなってしまった。だがとっさに考えて、できるだけ自然な素振りで席を立ち、その場ではこう言った。

「悪い・・・鍵を忘れちまった。締め出される前に帰るわ。」


「え、ああそうか、じゃあまた。」


 特に気にもせずダイが応じ、同席している者たちも軽く手を挙げてみせた。


 レッドは、自分の食事代を多めに置いて、仲間たちに笑顔を返した。だが背中を向けると、急に速足で離れて行った。フィンが、「あ、そうだレッド。お前の剣な、もう完璧に手入れし終えて・・・」と言ったことにも、全く反応しなかった。


 出入り口近くで、レッドは誰かとぶつかった。


「おお、レッド。どうした、もう帰るのか?」と、その人は言った。


 レッドは相手の顔を見た。遅れると聞いていたジャックだった。


「ジャック・・・。えっと、その・・・悪い。」


 レッドはもう頭が回らず、無理に頬をくずしてみせると店を出た。引き攣った不自然な笑みになったのが自分でも分かった。ジャックには、町の不良から彼女を救ったこと以外は何もかも ―― 彼女に手を出したという部分は大雑把おおざっぱに ―― 話していたので、さとられるのを恐れたせいもある。


 すぐに視線を逸らして、さっさと店を出たレッドを、ジャックは怪訝けげんそうに見送った。それから飲み仲間たちを早速さっそく見つけて、それまでレッドが腰掛けていた空席に座った。


 そこでいつもの仲間からの歓迎を受けたジャックは、顔をしかめた。

 ジャックは、店の出入り口の方へあごをしゃくってみせる。


「お前ら、何か言ったか?」


「レッドか? いや別に何も。鍵を忘れたって言って、先に帰っただけさ。」

 トラルが答えた。


 だが、ジャックにはそんなことは言わなかった。明らかにおかしかったレッドの様子に嫌な予感を覚え、ジャックはますますしかめっ面になり、質問を重ねた。


「じゃあ、何の話をしてた。」


 それにはダイが答えた。

「イヴ・フォレストの話さ。あいつ、彼女に惚れてるみたいだったけどな、彼女の治癒ちゆ力のことを知ったとたんに、血相変えてたよ。」


 ジャックは、いきなり頭を抱えてうな垂れた。そしてその口から、「そりゃそうだろうよ・・・。」というつぶやきが漏れた。


「なんだジャック、知ってて教えてやらなかったのか。早くあきらめさせてやった方がいいだろう。だってあいつは ―― 」


「隠してたんだ・・・。」と、ジャックはフィンに言った。そして、仲間たちが理解できないという顔をしたのを見て、「隠してたんだよっ。惚れてるどころか、あの二人は相思相愛だ!」


 男たちは仰天ぎょうてんして、言葉もなく大口を開けた。


「お前らの口から言っていいことじゃない。彼女なら、あいつを変えることができたかもしれないのに、お前らっ・・・。」


「いや、でも・・・だってレッドはアイアス・・・。」


「辞める覚悟だったんだ!」

 ジャックはフィンに怒鳴った。

「あいつが、ほかにもいろいろと思い悩んだあげく、決めたことだ。」


「ああ、でもほら、なにも犯罪になるわけじゃなし・・・気持ちの問題だから。」


「バカヤロウッ!」


 引き攣った笑みでそう言ったラバンに、ジャックは一喝いっかつした。レッドのことも知らなければ人の話も全く読めていないことに、思わずカッとなった。


 レドリー・カーフェイという男。


 彼はいつでも自分を犠牲にして、人のためになることをしてきた。それはアイアスの名を失っても変わることはないだろう。だが彼は、その都度つどよかれと思って勝手に決断してしまうところがあった。確かに彼のそれはいつでも正論だったが、ほかに納得できる違う考え方もあるということを、知ろうとしないところがあった。己を最も苛酷な立場に置き、ほかを最大限に生かそうとする。そういう男だった。


 テリーもまたいい男だった。だが死んでしまった・・・。


 戦友を失ったジャックは、そういう男こそ生きるべきだと思っていた。その方がよほど世のため、人のためになる。だからジャックは、本心では、レッドをアイアスの宿命によって、戦場で早死になどさせたくはなかった。


 そして、自分を殺しすぎるそんなレッドに、時に正しい答えは一つではないことに気付かせ、死をためらわせることのできる唯一の存在が、イヴ・フォレスト。彼女となるはずだった。








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