剣術の稽古 ― 2
この日は、朝から厚い雲が空一面を覆い隠していた。どんよりとした曇り空の下、イデュオンの森に少年たちが絶え間なく打ち鳴らしている木刀の音がこだましている。その指導の最中にも、レッドは空気の湿り具合が増したことに眉根を寄せて見上げ、天気の様子をたびたび気にしていた。徐々に夜の帳も下りてきている。
じゅうぶんな手加減をしているレッドの攻撃を、ゼノは辛うじて食い止めた。右脇腹を攻められる前に、俊敏に反応するという腕の動きをみせた。運動神経のいいゼノは目覚しい上達ぶりで、構え方もほぼ正確だ。
レッドは笑顔でうなずいた。
「ようし、いいぞ。なかなか見きれるようになってきたな。じゃあ交替だ。」
透かさず、くせ毛の少年が手を挙げて進み出た。
「二番、ロビン行きまーす!」
「さあ来いっ。」
間合いを計り、そのあと快活な少年の木刀が立て続けに繰り出された。
わざと後退しながらそれを受け流しているレッドは、「こら、目を泳がせすぎだ。身体で覚えろ。空気の流れを感じるんだ。例え・・・」とサッと身を翻して、右腕に力を込める。
その瞬間、少年の右手の感触は無くなり、木刀が半回転して地面に横たわった。
「背後に回られても、気配が読めるようになる。よし、次。」
「三番、ヴァル行きます!」
ヴァルは最も運動神経のいいゼノに次いで、なかなかに呑み込みの早い少年だ。レッドは、そのヴァルの攻撃を必要以上には受けず、ひらりひらりと躱しながら、「踏み込みが上手くなったな。だが、むやみに手を出すな。無駄な動きが多いぞ。」
突然、ティムがすっとんきょうな声をあげた。それに、アレックが大あわてで駆け回って全員の水筒を籠の中にしまいこんでいる。
一人ずつ相手をしたら切り上げようと思っていたレッドだったが、その前にいきなり大粒の雨が降りだしてしまったのだ。
「やだ、雨脚が強くなってきたわ。」
イヴがそう悲鳴を上げた時には、雨はたちまち、地面に叩きつけるようにして、しきりに音をたて始めていた。
「基地へ戻れっ。」
そう大声を出すと、レッドはシャツを脱いで、イヴの頭から肩にかけてやった。
幸い、基地のそばまでは大木の傘の下を通っていくことができ、一瞬でずぶ濡れになるようなどしゃ降りになったのは、最後を走っていたレッドが、基地に駆け込んでから数秒後のことだった。
庇のあるボロの戸口を開けっ放しにして、みなは外を眺めていた。そうして、やや弱まったと思われる雨の音を聞いていた。夕闇が迫る薄暗い中から、それは聞こえてくる。
「うーん・・・止まないねえ。」
ティムが悲しそうに眉根を寄せてぼやいた。
「みんなが心配するよ。どうする?」
アレックが、ゼノの顔をうかがった。
今、レッドのすぐ前に立っているのがこのゼノで、レッドもどうするつもりかと少年の頭の上から見下ろしていた。孤児院に帰してやらなければとレッドも思案していたが、濡れずにというのでは、どうしてやりようもなかった。
ゼノは、肩越しにレッドを見上げてからヴァルを見て、「やるか?」と言い、それに、「おうっ。」とヴァルも答えた。
その短いやりとりを理解して、少年たちはうなずき合う。
そして次の瞬間、子供たちが一斉に外へ飛び出したのだ。
「おい、お前らっ。」と、レッドが驚いて声を上げた。
「まだこんなに降ってるじゃない。」
イヴもそう慌てたが、雨の中、少年たちはみな笑って二人に手を振った。
「平気、平気。」ヴァルとロビンが声をそろえ、「お姉ちゃんたち、今夜は泊まっていきなよ。明日も休みでしょ?」と、次いでアレックが言った。
「そんな長い服着てたら、この雨の中走れないだろ?」とゼノ。
「お兄ちゃん、お姉ちゃんのこと頼んだよーっ!」というティムの声は、尾を引きながら少年たちの姿と一緒に消えてしまった。
あとにはただ、いつまでも降り続く雨音が聞こえるばかりである。
「あいつら・・・。」
レッドはため息混じりに呟いて、硬い寝台にどしっと腰を落とした。
「もう少し小降りになったら、私たちも帰りましょ。」
イヴは彼を振り返って苦笑した。それからまた外へ目を向け、まだ子供たちが消えていった方を見つめていたイヴも、やがて戸口から離れてレッドの隣に座った。




