森の吊り橋で ― 2
イヴが持ち出してきたランタンの明かりが夜道を照らしていたが、今夜は明るい月夜だった。
森の吊り橋の手前で、二人はまた立ち止まった。そこで向かい合ったまま、互いに言葉もなく見つめ合った。その時、イヴは名残惜しげに彼の顔を見上げていたが、レッド自身はそのことに気付かず、この明るい月光のもとでは明かりがかえって邪魔だ・・・と思いながら、そんな彼女を見つめ返していた。
潤んでいるようにも見えるイヴの茶色い瞳が、それを真っ直ぐに見つめ返しているレッドを、妙な気持ちにさせた。静寂な夜に、よく聞こえる涼しげな川の水音が、そんな抑えがたい悶々《もんもん》とした気持ちを余計に煽り立てた。
「ほんとに・・・ありがとう。それじゃあ・・・。」と、イヴはほほ笑んだ。
レッドも少し頬を崩した。
「ああ・・・じゃあな。」
少しうつむいたイヴは、ゆっくりと背中を向けた。
だが、レッドが知らずと寂しそうな表情を浮かべた、その時。
イヴが振り返った。
「これ、持って行って。」
向き直ったイヴが、手にしているランタンを押し付けるようにして、差し出してきたのである。
「いや、明るい川沿いをたどって帰るから。」
ついそう答えたレッドだったが、そこで気付いた。
それを借りれば、また彼女に会えるな・・・。
「私は、もうそこまで真っ直ぐ帰るだけだから。」
イヴは、自分でもどうしたのか分からないほど、声に力を込めて言った。
いくらかまだ躊躇しながら、レッドはぎこちなく頷いた。
「じゃあ・・・近いうちに返しに来るから。」
イヴは嬉しそうに微笑した。それから顔を上げて背中を向けると、神殿から漏れている部屋の明かりや、門灯を頼りに歩き始めた。
レッドは、イヴから借りたランタンを持って、またその姿を見守った。
すると、しばらくしてイヴが立ち止まった。かと思うと、小走りで駆け戻ってくる。
レッドはどうしたのかと思い、ただその場で佇んだまま待った。
そしてレッドは、いきなり胸に飛び込んできたイヴを、しっかりと抱き締めた。
ただ実際には、「きゃあっ。」と悲鳴を上げたイヴを、とっさに支えただけのこと。すぐ目の前で、彼女は単に蹴つまずいただけだ。
レッドは、驚いたせいで息をきらせているイヴの顔を覗きこむ。
「どうした?」
イヴはこくりと息を飲み込むと、レッドを見上げた。
「あの・・・これからも会ってもらえるかしら。」
レッドは思わずドキッとして、顔が熱くなった。
「あ、違うの、あの・・・子供たちがね、また剣を教えてもらいたいってせがむの。お願い、会ってあげて。」と、イヴはあわてて言葉を続けた。
レッドは密かに苦笑して、それからきいた。
「あの基地へ行けばいいのか?」
「ええ。普段は、夕食の時間になるまではずっといるから、あの子たち。」
「孤児院って、ずいぶん自由なんだな・・・。」
レッドは呆れ混じりにふっと笑った。
「分かった。それじゃあ、夕方の一時間くらいしか相手してやれないと思うけど。」
「よかった。ありがとう。」
イヴは、ほっと吐息をついた。そして、寄りかかっていた彼の腕から、今気づいたというように離れた。
レッドは顔を逸らして、満天の星を見上げた。次のことを言うのに、なぜか気恥ずかしさがあったから。
「あんたも・・・時々来るって言ってたな。」
そんな彼に、イヴは見惚れた。鋭くて、でも優しい瞳に惹かれた。戦うことで生きている彼・・・アイアスって? 彼のことをもっとよく知りたい・・・と素直に思った。でも強い戸惑いがあった。今はまだ・・・。
「ええ・・・時々。管理人ですもの。」
イヴも視線をあげた。そして彼と同じように、夜空を彩る無数の星を眺めた。




