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【新装版】アルタクティス ZERO ~ 神の大陸 自覚なき英雄たちの総称 ~  作者: 月河未羽
外伝2  ミナルシア神殿の修道女 【R15】
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伯爵の用心棒


 連中が一斉に目を向けたそこには、ひたいに赤い布を結んでいる鋭い目の男がいた。


「お前っ。」 


 一度その男とやり合った者たちは、みな派手に音をたてて立ち上がった。


 そのあわてようとは対照的に、入ってきた時から、レッドは顔色一つ変えなかった。ただそれは、実のところ、込み上げるものを務めておさえているからだ。


「俺が冷静でいられるうちにしておけよ。」


「はあ? 何言ってんだ、お前。」と、椅子に座ったままの男が鼻で笑った。


「お前らの顔を見てると、俺はまた・・・。」


 それを独り言のように呟いて、レッドは大きなため息をついた。


「俺にも我慢の限界がある。今度は容赦できないかもしれない。」


 これを聞くと、中でも見知らぬ男たちが呆れたように仲間内で目を見合った。それからその全員が立ち上がり、レッドを取り囲んだ。


「多勢に無勢ぶぜいってことが分からねえのか。周りを見てみろ。」


 レッドの真正面にいる男は、そう言って勝ち誇った笑みを浮かべている。そんな男たちの顔をあまり見ないようにしているレッドは、またやれやれと一つため息をついた。


「もってあと十分ってところだ。やるんだろ? さっさとしてくれ。」


「ヤロウッ!」 


 レッドの後ろにいた男が火蓋ひぶたを切った。いきなり長剣を抜いたかと思うと、レッドの左肩口(かたぐち)を目がけてむやみに振り下ろしたのである。


町中まちなかでそれを抜いたからには、覚悟できてんだろうな。」


 レッドはサッとけて攻撃を脇で食い止めると、その長剣を簡単に奪い取った。続く男がすぐさま繰り出してきた剣は、後ずさりしながらたくみに左右に揺れ動いてかわした。その攻撃はデタラメでありながらワンパターン。剣の使い方もろくに知らないただのチンピラ集団とさとったレッドは自分も一本だけ備えて来てはいたが使う気になれず、そこで、今取り上げた男の片手剣を拝借はいしゃくすることにした。


 そうして一見、カウンター近くまで追い詰められた感じのレッドは、その場所で首を巡らした。ざっと十人の殺気さっき立った男たちに隙間すきまなく囲まれている。


 チャンスとばかりに、男たちは一斉におどりかかった。ところが、レッドの顔色は変わらないままだ。その証拠に片手に奪った剣を持ちながら、もう片手で背後にあるカウンターを身軽に飛び越えると、そばにあった火掻ひかき棒を冷静につかみ取った。


 カウンター越しの厨房ちゅうぼうにいた店員たちは、大あわてで避難を始めている。


 あとを追って二人の男がカウンターに乗り上がった。レッドは男たちの武器を左右の腕の一振りではじき飛ばし、次いで、その足元を火掻き棒でなぎ払った。二人の男が悲鳴を上げながらカウンターから転げ落ちると、カウンター越しにいる残りの連中の、無性に気に食わないといった顔が見えた。


 レッドは、そんな男たちとにらみ合いながら厨房を抜けたところで、それらががむしゃらに振るってくる凶器に、火掻き棒と他人の剣で応戦した。一つと外すことなく。


 その姿に、この騒動そうどうなかば楽しんで見物していたほかの戦士たちも、唖然あぜんと見ているばかりの娼婦たちも、野次を飛ばし、握り拳を振り回してあおり立てていた別の不良グループも、その店にいる客の誰も彼もが、今は言葉もなく目をみはっている。


 レドリー・カーフェイ。その男の戦いぶりは、さながら神か鬼人。すごみのある一斉攻撃を前に、桁外けたはずれた瞬発力で相手の武器を次々とね飛ばし、あれよという間に全ての者を空手にさせたのである。そのうえ余裕あらば肘鉄ひじてつを叩き込み、次いで足蹴あしげりを食らわせていた。彼も火掻き棒を足元に捨て、奪った剣を椅子に突き立ててからはこぶし応酬おうしゅうとなったが、それもつかの間、結果七人が床にうずくまり、恐れをなして攻撃を躊躇ちゅうちょした残りの数人は、腰を抜かして近くのテーブルに寄りかかっている。


 レッドは苦しそうにうめいている連中をぐるりと見下ろし、そして、最初に剣を奪い取った男に目を留めた。その男が乱闘に加わる間もなくレッドが片付けてしまったので、男はその間、ただその場でおどおどと見守るしかできなかったのである。


 男はレッドのその目と目が合うと、息を詰まらせてよろよろと後ずさり、空いているテーブルを背にしたところで止まった。 


 椅子から剣を引き抜き、大股でその男に近付いたレッドは、男の肩をつかんで背後の天板に荒々しく押し倒した。


「俺は伯爵の用心棒をしている。強姦及び窃盗の刑罰が改善されたのを、知ってるか。」

 レッドは、いい加減なことを真面目な顔と冷酷な声で言った。


 押さえつけられている男は圧倒されて、目に恐怖を浮かべたまま何も答えられないでいる。


「そうか、分かった。すぐに済むことだから、今ここで実際にやってみせようか? 斬首刑ざんしゅけいだ。」


「バカな!」と、罪人の口から思わず大きな声が出た。「嘘だろ、頼む!止めてくれっ!」


 レッドは腕を振り上げ、男の顔面の真横に、男の剣を勢いよく突き立てた。


 男は気絶してしまった。


「お前の剣だ。」


 レッドが動き出すと、ほかの連中は数歩あとずさりして距離をとった。だがレッドが次に歩み寄る相手は決まっている。


 赤毛の男は床にうずくまり、頭を両手で丸め込んで震えだした。そこへ右手が突き出され、ぶっきらぼうな声が聞こえると、たまらず短い悲鳴をあげた。


「ほら。あと一分だぞ。」


 理解が遅れて、少ししてから、おずおずと見上げる赤毛の男。だが、レッドが手のひらを二度上下して催促さいそくしたのを見ると、あわてて胸ポケットに指を突っ込んだ。あせって最初上手くいかなかったが、例のペンダントを引っ張り出して無言で返した。


 そうして、イヴの大切な物を確かに取り戻したレッド。さっさと背中を返して、従業員たちと一緒に避難した店主の方へ向かう。


「紙とペンを。」


 衝撃で顔が強張こわばっている店主に、レッドはそうおだやかな声をかけた。


 会計カウンターへと戻った店主は、そこでメモ用紙とペン、そしてインクつぼを差し出した。


 レッドはサインをして、それをそのままカウンターの上に残した。


「損害賠償の請求は、役場かグレーアム伯爵の屋敷の方にしてくれ。」


「は、はいっ。」


さわぎを起こして済まなかった。」


「い、いえ、お疲れさまでした。」


 微笑で応えたレッドは、真っ直ぐに出入口へ向かった。


 そして去りぎわ。今はただ化け物でも見るような目を向けてくる連中には、こうひと言。


「お前ら、あとで逮捕状を持ったおむかえがやって来てくれるから、そこで待ってろ。」


 一目散に逃げ出すことだろうと分かってはいたが、連中がそのままこの町を出て行くなら、彼女がまた運悪く鉢合はちあわせることもなくなる。顔を見かけるだけでも、彼女には耐え切れないだろう。


 そうしてレッドは、周囲の驚嘆きょうたんの囁きと、驚愕きょうがくの眼差しをよそにドアを押し開け、店をあとにした。









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