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【新装版】アルタクティス ZERO ~ 神の大陸 自覚なき英雄たちの総称 ~  作者: 月河未羽
外伝2  ミナルシア神殿の修道女 【R15】
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森の吊り橋で ― 1


 レッドは、横目にそっとうかがった。長くは目を向けていられなかった。一瞬のこととはいえ、きわどいところまで、彼女の肌を、恥ずかしい姿を見ているのである。それを、彼女も分かっているはずだった。


 レッドは重いため息をついて、目を伏せた。


 ここに来た最初に一瞬見えた被害者の顔・・・やはり、間違いなかった。


 イヴ・・・。


 レッドはふと視線を変えた。フード付きの長い外衣が無造作に床に落ちている。この国の修道女に与えられる防寒着だ。レッドは、黙ってそれを拾い上げに行った。


 レッドはその間、こんな時どんな言葉をかけてやればいいのかと悩んだ。心の中ではどんな乱暴をされたのか気になって仕方が無かったが、彼女のおびえようにそんなことをきけるはずもなく、大丈夫かと言うのも無神経に思われ、そう口を開けただけで声にはしなかった。


 それで、イヴにそっと外衣を羽織らせてやると、言った。

「送るよ・・・。」


 嗚咽おえつが聞こえた。


 レッドの胸に、たちまち痛切感と衝動がこみ上げた。だが差し伸べようとしているその手には、いくらかためらいがあった。彼女は今、男性恐怖症になっているかもしれないから。


 そのイヴは床にへたり込んだまま、うつむいて、ぶるぶる震えている。髪はもつれ、それが涙でほおにへばりついていた。


 そんな彼女の前に膝をついたレッドは、そろそろと腕を伸ばして、こめかみのあたりから蜂蜜はちみつ色の横髪に指先を入れた。そうされても顔を見ようともしない彼女の瞳から、また大粒の涙が零れ落ちた。


「怖いか・・・」

 恐る恐る、レッドはきいた。

「・・・俺が。」


 すると、イヴが少し顔を上げた。


 レッドは息を止めた。今、やっと気づいた。彼女の左頬が赤く腫れている。急に動悸どうきがするほどカッとなったが、思わず感情的に床を殴りつけそうになったのを、こらえた。今さら相手もいないのに、怒り任せにそんなことをしたらイヴを怖がらせるだけだ。


 くそ・・・っ、半殺しにすべきだった。


 その時、少しだけ目があった。イヴはすぐにまた伏し目になったが、それはすがるような瞳に見えた。それに、イヴがかすかに首をふってみせたのにも気づいた。レッドはさっきした質問の答えだと分かり、冷静を取り戻した。


「すまない・・・。」


 あんたは助けてくれたのに・・・俺は・・・。


 レッドは両手を伸ばして、イヴの細い肩をぎゅっと抱き寄せた。壊れそうな体を黙って預けてくれた彼女を、レッドはいけないと分かっていながら、愛おしく思わずにはいられなかった。






 夜も深まりゆく藍色あいいろの空のもと、聖なる森イデュオンの川沿いを、二人は肩を並べて歩いていた。

 だがこれまで一言も会話がなく、レッドは、ずっとうつむいて歩くイヴの様子を、ただ隣にいて気にしながら、黙って足を進めていた。


 そして、木の吊り橋の真ん中あたりに来た時。


「私・・・何もされてないわよ。」


 レッドは立ち止まった。


 それで数歩先になったイヴは振り返り、ほほ笑んでみせた。


「何もされてないの・・・あなたがすぐに来てくれたから・・・。」


 レッドはどう反応したらいいのか迷った。彼女が言う「何もされていない。」は、正確には、ただ貞操を守れただけのこと。現場の状況からもそれは嘘ではないと分かり、ホッとしたが、どの程度の辱めを受けたのかはずっと気になっていた。


 レッドは無言で、イヴの顔を見つめた。それは作り笑顔には見えないほど淡々とした表情に見える。想像したほどヒドイ目には合わされずに済んだのかもしれない・・・と、レッドは思った。


「・・・そうか。」


「ええ・・・。」


 イヴもそんなレッドを見てほほ笑んだが、彼の視線が一瞬地面に向けられた時、その笑顔も急に弱々しいものに変わった。


 確かに、彼のおかげで自身の能力を守れはした。だが本当のところは、あの男たちから受けた仕打ちは、何もされていないと言えるようなものでは、とてもなかった。だから笑顔も長くはもたず、イヴは進行方向を向くと、顔をゆがめて唇を噛み締めた。


 そして、強がりきれなかったそんな後ろ姿は、レッドの安堵あんど感をたちまち掻き消すものになってしまった。同時に、性的な意味での心配ばかりしていたと気づいて恥じた。男の感覚で想像したほどヒドイ目って、何を考えているんだと。事実、暴行のあとがあり、着衣が乱れていたのに。それに、もし想像したような乱暴をされていても、彼女は知られたくないだろう。だから、今はかなり無理をしているだけだ。


 程度がどうであれ、その恐怖と恥辱ちじょくは一生、きっと残り続ける・・・。


「送ってくれてありがとう。もうここで。」

 イヴは、彼を振り返らずに言った。


「 心配だな・・・。」


「大丈夫よ、すぐそこだもの。ほら、もう見えてる。」


 森を抜けきるにはもう少し距離があったが、そこまでは広い森街道もりかいどうが真っ直ぐに延びている。突き当たりには、確かにミナルシア神殿の正門も見えていた。


 俺の前で平気なふりをし続けるのも辛いだろう・・・と、レッドは察した。


「じゃあ、中へ入るまで、ここにいるから。」


 彼に向き直ったイヴは、ほほ笑みながらうなずいた。ここにいるから・・・と言ってもらえたことに、とても安心した。


 イヴは「さよなら。」と言って手を振り、その広い一本道を一人で歩いて帰って行った。


 レッドは、イヴが何度か振り向いてくれた時には笑顔を向けたが、彼女が前を向くと、急に顔を曇らせる・・・ということを繰り返した。


 さよなら・・・そう言われたことが、妙に胸に突き刺さった。


 レッドは、神殿の正門にたどり着いた彼女の姿がやがて見えなくなっても、このどうしようもない脱力感のせいで、しばらくその場から動く気になれなかった。









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