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【新装版】アルタクティス ZERO ~ 神の大陸 自覚なき英雄たちの総称 ~  作者: 月河未羽
外伝2  ミナルシア神殿の修道女 【R15】
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修道女の長 エマカトラ


 イデュオンの森を東へ抜けたところに、一つの神殿と三つの聖堂、そして、修道女たちが生活をする修道院がたたずんでいる。石の壁が張り巡らされ、全てがひとまとまりになっているそこは、一言でミナルシア神殿と呼ばれる、保護神をまつっている聖地。その清澄せいちょうな空間にある修道院は大きな中庭をもつ石造りで、各部屋は列柱廊れっちゅうろうめぐらしたその中庭に面し、修道女たちの部屋は南側に集められていた。


 イヴは、五人で一つ割り当てられた部屋のドアを、少しだけそうっと押し開けた。隙間すきまから中をのぞいてみる・・・と、複数の気配があった。イヴはため息をついてから、普通にドアを引き開けて入室した。


 案の定、同じ部屋の友人たちがみな、呆れた様子でそろって待ち構えていた。


「イヴ、あなたどうしてたのよ夕べは。何とかごまかそうとしたけれど、やっぱりバレちゃったわよ。エマカトラ様が怒って・・・いえ、心配していらしてよ。」


 中でもしっかり者で面倒見のいいベルが、ため息混じりな声を真っ先にかけてきた。


「ごめんなさい、訳はあとで話すわ。」


 そういい加減に友人たちを宥めると、イヴはさっさと着替えを済ませて、主聖堂へ向かった。そこに、修道女の長という意味の〝エマカトラ〟の称号を授かった女性がいるはずだからである。この町の貴族出身である彼女の名は、セリーヌ・フォア・テレジアといった。


 主聖堂へとやってきたイヴは、入口の手前でお辞儀じぎをしてから、長い身廊を歩いていった。側廊との屋根の段差を利用して開けてある採光窓から、朝の光が射し込んでいた。その光が照らす奥の中央の高くなっている場所には、一つだけ肘掛ひじかけ椅子が置いてある。


 その前で、イヴは形式ばった挨拶を行った。そこに、間もなく行われる朝礼のため、早くからこの場にいたおさがゆったりと腰かけているからである。


 修道女の長、そのセリーヌの面上には怒りよりも呆れの色が濃く浮かんでいる。とはいえ、こうして無事な姿が見られるまでは、気が気ではない思いでいた。


「イヴ、あまり心配をかけさせないでくださいな。さあ、訳をお話しなさい。」


「はい、申し訳ございませんエマカトラ様。実は森の毒にあたって倒れた者の看病かんびょうを、一夜付き添っていたしておりました。」


 これを聞くと、セリーヌは疑うことなく驚いて、口に手を当てた。


「まあ、それは大変でしたのね。それで、その方のご容体ようだいはどうなのです。」


「はい、もうすっかり回復いたしましたわ。一夜付き添ったおかげで。」


「それはよかったわ。そう、あなたの治癒ちゆ力は私に次ぐものですものね。」


「いえ、私などまだまだですわ。一夜なければとても。」


 このあとセリーヌは、間をおいて長い嘆息たんそくを漏らした。


「分かりました。どうしても一晩は必要だったのですね。しかしながら、行動にはじゅうぶんに気をつけてください。ほかの者にも心配をかけることになりますから。もう下がってもよくてよ。」


「はい、申し訳ございませんでした。失礼いたします。」


 軽く頭を下げて、イヴはその場を離れた。だが、先ほどの会話の途中にも、ふと考えていた。思えば、意識がなく倒れているその姿を見つけたのは、夕方。すでに毒が回って、かなり時間が経っている状態だった。


 彼自身の体力や回復力が人並みだったなら、医師の治療が必要だったわ・・・。






 真っ赤な夕焼け空の下を歩いて、レッドは伯爵の屋敷から戻った。


 入店を知らせるかねの音ではなく、階段のきしみ音でそれに気づいたニックは、食器洗いの途中で厨房ちゅうぼうを飛び出していき、いい加減にサッとエプロンで拭いただけの手で、二階の部屋のドアノブをひねった。


「レッド、グレーアム伯爵は何て?」


「ああ、用心棒頼まれて、引き受けてきた。それ洗濯頼む。」 


 ちょうど着替え中に声をかけられたレッドは、脱いだシャツを寝台にではなく、ニックに向かって放り投げながら答えた。


「なに ⁉じゃあ、伯爵の屋敷に寝泊りするのか ⁉」


 男臭い白の開襟かいきんシャツを顔から引きがして、ニックはきいた。


「いや、夕方までの出掛ける際の護衛だけでいいそうだ。なんでも、最近、物騒ぶっそうな嫌がらせがあったらしい。」


「税金の引き上げやらで住みにくくなる一方だからな。まずうらみを買うんだろう。」


「伯爵のことも、この町のことも俺はよく知らないが、悪い印象は受けなかったが。子爵であるその息子にも会って話をしたが、感じのいい好青年だった。」


 レッドは、椅子の背凭せもたれに掛けていた濃い灰色のシャツに着替え、洋服箪笥(だんす)からは少し厚手の上着を引っ張り出した。


「民衆は結果しか見ないからな。いくら頑張ろうが、変えられなきゃ意味がないんだよ。個人的には認めてるんだがなあ・・・。」と、ここヴェネッサの町の住民であるニックは言葉を濁した。


 領主は、世襲や、君主から与えられた称号に見合う領地を上手く統治しなければならない。この時代の領主は、管轄かんかつ地域の治安の維持いじをも担う。代々受け継がれる古い時代の城館に住む貴族も多いが、荒野のオアシスと言われるこのヴェネッサに身を置いている伯爵家は、宮殿と見紛みまがう豪邸で暮らしている。


 レッドは、上着に腕を通しながらニックのわきを歩き過ぎた。


「俺、出掛けてくるから。帰りは遅いぜ。」


「ああ、飲み過ぎるなよ。」


 レッドの背中に向かってそう送り出したニックだったが、ふと、あわてたように二階の手すりから身を乗り出して、付け加えた。


「いちおう言っとくけど、娼婦しょうふは気をつけないと――。」


 レッドは、バカヤロウと叫んで出て行った。








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