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【新装版】アルタクティス ZERO ~ 神の大陸 自覚なき英雄たちの総称 ~  作者: 月河未羽
外伝2  ミナルシア神殿の修道女 【R15】
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修道女 イヴ


「私はイヴよ。イヴ・フォレスト。」


「レッドだ。レドリー・カーフェイ。」


「レッドは、あだ名?」


「ああ。仲間にはそう呼ばせてたんだ。女みたいだとか、似合わないとか、ガキの頃よくからかわれてさ。だから、あだ名しか名乗らない時もある。トラウマってヤツだな。付けてくれた親には悪いが。」


「レドリーだって、いい名前じゃない。紳士的で。あなた、子供の頃から、もうそんな感じだったの?」


「そんな感じって・・・。」


「あ、ごめんなさい。変な意味じゃないのよ。何ていうか、野性的・・・とか。」


野蛮やばんとか?」


「・・・見た感じだけど。」


 肩をすくめる彼女を見て、レッドはふっと苦笑した。


「とにかく・・・ありがとう。よく分からないけど。」


 二人は、はにかんだような笑みを交し合った。


 そしてイヴには、彼がよく分からないと言った、その意味が分かっていた。彼は、自分はいつどうやってここまで運ばれてきたのか・・・ということの見当がつかないでいるのである。


 それでイヴは言った。

「覚えてる? あなた、くさむらの中に倒れていたのよ。」


「ああ、恐ろしく気分が悪くなったのは覚えてる。けど、どうやって俺をここまで? まさか・・・かついでじゃあないよね?」


「担いできたのよ。」


 レッドは絶句した。


 その顔を見ると、イヴはくすくすと笑い声を漏らしながら続けた。


「私じゃないわ。近くに住む知り合いに頼んで、ここまで運んでもらったの。」


「驚いた。そんな細い体で、えらく馬鹿力だと思った。それで・・・俺は病気なのか? こんなにヤワじゃあないはずなんだがな。」


「無理もないわ。あなた、ヒダルゴリリイ(仮名)に触ったでしょう。あの花は軽い毒を持っているのよ。熱も出るわ。」


 ヒダルゴリリイ。それはこの大陸の限られた場所でしか生育しないと言われる、その通り、その花粉が軽い毒素を含む特殊な花である。だが、植物の知識もそこそこあるレッドでも、これまでその存在を見たことも、聞いたこともなかった。そして、その毒に侵されたというのに、いまだそれがどんな姿形のものかも分からなかった。ただ心当たりがあると言えば、大木にもたれてテリーの形見(飴色の宝石)を見つめながらまた物思いにふけっていると、それをうっかり落としてしまったので、色とりどりの花々が咲き誇るしげみを、あわてて掻き分けたということだけだった。


 イヴは手拭てぬぐいを水にすすぎながら、「でも、このくらいの毒素なら私の力でも浄化できるから安心して。あなたはとても丈夫そうだし。」と、言った。


 レッドは首をひねる思いで、やや黙っていた。


「あんた・・・何者だ。」


「修道女よ。」


 言下にそう答えて、イヴは着ている修道服を示してみせながら、彼の方を向いた。


「知らない?」


「ああいや、そうか。聞いたことはある・・・名前くらいは。」


 レッドはそう言いながら、ほとんど無意識に手の甲であごぬぐった。いやに重く感じられたその手には、ぐっしょりと水滴すいてきがついていた。


「今夜は動かない方がいいわ。」


 彼女のその言葉に、レッドはハッとした。彼女は修道女だと言った。そうすると、どういうわけだか、彼女はここにいるべきではないはずだった。そもそも、ここはひどく粗末な住処で、定住するには足りないものが多すぎる。家というよりも、一室という感じだった。彼女は修道院暮らしをしているはずであり、ここが彼女の実家というようにも見えない。自分たち以外に、人の気配もない。


 レッドは、頭の横にすぐに見つけることができた窓を見て夜であることを確信すると、枕元にあわててひじを付いた。


「帰るんだろう? 送るよ。もう遅い。」


 そう言ったものの、そうして起きようとした時には自身の体を支えきれずに、ベッドで思いきり肩を打ちつける羽目になった。体の自由が利かない。こんなことは初めてだった。なんて様だ。レッドはぜえぜえ言いながら、け反るようにして仰向けになった。


「気にしないで。私も今夜はここに泊まるつもりだから。」


「狼と一緒にか? 冗談だろう。叱られるぞ。」


「ああら、狼さん。そんな元気もないくせに。あなたの具合は、最低でも朝までは良くならないわ。」


「そうかい・・・。」


「私のことなら心配しないで。訳を話せば許してもらえるから。だって、これも務めですもの。」


 イヴは滑るような柔らかい手の動きで、レッドのひたいに触れた。

 すると、彼が一度ゆっくりと・・・いくらか辛そうではあったが・・・深呼吸をした。それからすぐに彼の呼吸が楽になったようなので、イヴはその手を引っ込めようとした。


 ところが、レッドは急に必要に迫られる妙な衝動に駆られて、いきなり彼女の手首をつかみ、思わず引き寄せていたのである。


 イヴは驚いて彼を見つめた。一瞬、まさかと思ってしまうほどの力強さだった。


 そんな彼女に、レッドは哀願あいがんするような目を向けていた。


「もう少し・・・。あんたにそうしてもらうと、とても楽になれる。」


 イヴはほっとして、微笑ほほえんだ。


「ええ。でもその前に、汗をかなくちゃあ。」


 イヴは手拭いを折りたたんで、彼のこめかみにそっと触れた。


 レッドも、もう起きようとは思わなかった。彼女に優しくされているととても心地が良かったので、彼女が前髪を払いのけようとした時でさえ、こばむ気になれなかった。額の布が外されていることも分かっていたが、それを気にすることもできないほど、今は熱のだるさや彼女の介抱力に参っていた。








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