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【新装版】アルタクティス ZERO ~ 神の大陸 自覚なき英雄たちの総称 ~  作者: 月河未羽
外伝2  ミナルシア神殿の修道女 【R15】
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月光が照らす美女


 小屋の中は、ランプの弱い灯りでほのかに赤く染まっていた。その灯りが、汗まみれの彼の顔をうっすらと照らし出していた。


 イヴ・フォレストは、彼のうめき声で目を覚ました。見ると彼は苦しそうに口を動かしていて、度々妙なことを言った。


「・・・だ・・・逃げようって・・・じゃないか。」


 あえぎ喘ぎそう口にすると、彼は、今度は激しく首を左右に振り始めた。


「放せっ・・・。」


 イヴは、驚いて丸椅子から腰を上げた。そのあと彼は痛烈な悲鳴を漏らし、寝返りをうったかと思うと、うなされながらベッドの上でもがきだしたのである。だが本人はまだ意識が戻らず、自分がしていることの何にも気づいてはいないようだった。


 すぐそばに立ったイヴは、衝動的に彼の頬に手を当てた。すると彼は少し落ち着いた。寝汗がひどい。


 イヴはおけの中の手拭てぬぐいを絞って、彼の顔や首筋をそっといた。肩のくぼみや胸元も汗で濡れ、着ている白いシャツが体に貼りつくほど。そこでボタンを全て外して引き開けてみれば、息を呑むほどきたえ抜かれたその上半身は、やはりひどく汗ばんでべっとりとしている。イヴは彼の体も丁寧に拭いていき、そのあと彼のひたいに手を置いて念をこらした。


 彼はまだ目覚めないまま荒い息をついていたが、苦痛で険しくなっていた眉間みけんは、次第に穏やかになっていった。


 イヴは吐息といきをついて、微笑んだ。そして再び椅子に着こうと、視線を彼の顔から背後へ向けた。


 すると、


「・・・さん・・・母さん・・・。」


 彼がまた何かつぶやいた。


 反射的に目を戻したイヴの胸に、不意に切なさがこみ上げた。気のせいか、その時の彼の表情がとても悲しそうで、とても孤独なものに見えたのである。


 気のせいではなかった。イヴが気になって見つめていると、彼の目尻にじわりと涙が浮かんだのだ。それが一瞬、ランプの灯りで光ったようだった。


 イヴは、今度はさびしそうに眉根まゆねを寄せている彼のまぶたにそっと触れ、それから椅子に落ち着いた。


 そうしていると徐々にまた眠気が刺してきて、イヴはランプの灯りを消してから、もう少し眠った。






 夜も更けた頃には雲が晴れ、今は、小屋の中に青白い月明かりが射し込んでいた。


 レッドは夢にうなされていた。彼はこの日二つ夢を見ていて、どちらも悪夢と言えるものだったが、最初に見た方はもう覚えてはいなかった。そして、次に見ているこの夢の中でも、彼はやはり悲鳴を上げていた。かすかに唇を動かしてつぶやいている寝言は、実際にはほとんど聞き取れないほどかすれていたが、彼自身は必死に泣き叫んでいるつもりだった。


「・・・かないでくれ・・・。」


 彼女が見ているとも知らずに、レッドはまた悲痛に顔をゆがめている。


「・・・テリー・・・。」


 遠くからかすかに聞こえる音が、なぜかフクロウの鳴き声らしいと分かった時、レッドはようやく意識を取り戻した。だが、目を開けることができない。体が異常にだるく、息苦しいことも不思議だった。自身が今どれほど息をきらせているかも知らなかった。


 すると、額に柔らかい感触を感じて、レッドは一度、ゆっくりと長い吐息といきをついた。まぶたを上げることができた。


 そして・・・呆然とした。


 無性に欲していたものが、今そこにあるからだ。それは、不思議と心がいやされる優しい微笑み。月明かりに照らされたその顔は、あたかも女神のように美しかった。


 そばに知らない女性がいて、自分の額に手を置いているのである。レッドはたちまちその笑顔にせられてしまい、最初は、打ちひしがれている自分をなぐさめてくれようと、その夢の中に女神が舞い降りてきたのだと思った。彼女に声を掛けられるまでは、それが現実であるとは気付かなかった。


「苦しい?」


 レッドは目をまたたいた。


「あ、いや・・・今、急に楽に・・・。」


「そう、よかった。うなされていたから・・・どっちも。」


 イヴはサイドテーブルに手を伸ばし、もともと調節して灯りを弱めていたランプを点けた。


 レッドは、ここではっきりと見ることができた彼女の顔に、また見惚みとれた。彼女は、やはりとても美人だった。だがレッドには、月光に照らされた彼女の笑顔の方が印象的だった。


「二つ夢を見ていたでしょう?」と、彼女はきいた。


 そう言われて、レッドは考えた。その一つは、はっきりと覚えている。そしてもう一つは残酷ざんこくなまでに克明こくめいに記憶してはいるが、夢としては今おぼろげに思い出した。だから、うなされていたと言われた時、思い出すまでもなく何の夢を見ていたかだけは、すぐに分かった。


「ああ・・・ガキの頃の夢にだ。もうずいぶん見ずにいられたのに・・・忘れることなんてできない最悪の思い出だがな。けどもう一つは・・・何だろうな。忘れちまった。」


 レッドは嘘をついた。今はっきりと覚えているのは、その忘れたと言った方の夢であり、夢としてはどんなふうに見ていたのかよく記憶にない方が、その子供の頃の出来事だった。レッドにとって、幼き日のその最悪の出来事は、いつからか人に語ることもできるようになったが、もう一つの心の痛手は、人前で涙を流さずに語りきれる自信がまだなかったのである。


 しばらく、沈黙が続いた。









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