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海辺の崖の上に



「まあ待ちなさい。」

 ロブはおだやかな口調くちょうで言った。

「リューイよ、三日後に町へ行くことに決めた。旅の支度したくを整えておいておくれ。」


「俺も行かないとダメか?」


 リューイは、ほんの少し嫌そうな顔をした。町へ行くことがではなく、むさ苦しい衣服を着せられることが気に入らないのだ。


「無理にとは言わないが・・・子供たちがどんな顔をするかな。」


「行く。」


 リューイは言下に反応した。この言葉に弱かった。


 彼は孤児院の幼い子供たちにすっかりなつかれていたのである。両親を知らずに生きてきたリューイにとっても、同じような境遇のその子たちには親近感を抱いていて、悲しませたくはなかった。


 孤児院の子供たちは、リューイに会えることとそして、彼が連れてくるキースと小動物(人前でも比較的問題のないリス猿など)に触れられるのを、とても楽しみにしている。そのことをリューイも知っていた。


 野獣と人間とを、違うものとしてより強く認識できるようにはなれたものの、やはり彼の中で、それらはこれといって変わるところなど特になかった。最近になって少し仕草を加えるようになり、昔のように、不親切に言葉だけで語りかけてばかりということが無くなったくらいだ。


 幼い頃は、友獣たちがしっかりと言葉を聞き取って理解しているのだと本気で信じていて、実は獣たちの方が、リューイの意に沿えるよう懸命に努力してくれていたとは知らなかったのである。


 ロブはうなずいて、リューイに「行ってよい。」と言った。


 許可をもらうや、「ウィリー、タムタム、ラビ、来い!」と叫んだリューイの姿は、たちまち木々の向こうに消えてしまった。


 そのあと間もなく、どこからともなく現れたネコ科の猛獣が三頭、飛ぶようにロブの目の前を横切っていった。


 それを見届けると、ロブはある薬草を探しに行こうと歩きだした。


 ところが、がくんと膝が折れて、とっさに近くの巨木につかみかかったロブ。立っていられずその木に寄りかかったロブは、ずるずると腰を落として地面にへたりこんだ。


 最近のこと・・・時々、嫌な感じで胸が苦しくなったり、痛むことがあった。


 木の幹を背凭れにして座り込んだロブは、そのまま体調が回復するのをじっと待った。


 背後の巨木は、下の方のみきがカーテンのようにゆったりと分かれているという、独特な形をしている。周りに同じような樹は無く、特に場所をとってたたずんでいるその傘の下は、ちょっとした空き地になっている。リューイにとっての稽古けいこ場だ。


 見上げれば、葉越しに綺麗な青空が。


 それを眺めながら、ロブは、昔と今のリューイの顔をしみじみと思い浮かべた。リューイの快晴の空のように青くんだ瞳は、近頃ますます抜かりない鋭さを宿らしているが、成長するにつれて、気品もある端麗たんれい容貌ようぼうになった。リューイは嫌がるが、風呂に入れて綺麗に体を洗わせ、きちんと服を着せて町へ連れていけば、人目を引くようになってしまったのでやりにくいと思う反面、その顔にふとあることを思い出すと、ロブは痛切な気持ちにかられる。


 そこでロブは、海辺うみべがけがある方へ視線を変えた。その崖の上には、まだリューイと二人で行ったことはなかった。


 この大自然の中で真っすぐに育ち、いつまでも幼い子供のようなリューイも、もう十五歳。土を掘り起こしたりなどしないだろう。そろそろ連れて行ってもいい頃だ。そしてそこで、あの日のことを詳しく教えてやってもいい頃だろう。


 リューイは、ロブだけが知っている彼の母親の顔に、成長期のまだあどけない今の顔がまさによく似ていた。


 ロブがしばらくそうして休んでいると、木々の向こうに、リューイの姿が見え隠れに現れた。どうしたのか、すごい勢いでみるみる戻って来る。


「じいさん、じいさん!」


 座ったままのロブの前にやってきたリューイは、すっかり血相を変えて不安そうな表情をしている。


「キースが消えた!あいつ、病気なのになんで。」


「じっとしているのに飽きたんだろう。」

 一方のロブは冷静で、別段驚きもせずに答えた。


「そんな暢気のんきな。」


 落ち着きのないリューイのすぐそばには、三頭の野獣もいた。


 ひざを付いてそれらと面と向かい合ったリューイは、自分に親指を向けて言った。

「いいか、キースを見つけたら、真っ先に俺に知らせるんだ。」


 それら・・・つまり、ウィリー、タムタム、ラビと名付けられたキースの幼馴染おさななじみは、順に背中を軽く叩いてうながされると、すぐに三方へ分かれた。


 リューイもまた捜索に行こうと、ロブがもたれかかっている巨木によじ登り始めている。


 ロブの頭上で、木の葉がたてる騒々《そうぞう》しい音と一緒に、イライラしているリューイの声が聞こえた。


「あいつめ、見つけたらこっぴどくしかってやる。」


 そのうるさい葉擦はずれの音は、三頭の獣が向かった先とはまた別方向へ消えていった。









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