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無駄には死ねない・・・


 都会での一仕事を終え、まずまずの利益をあげることができた宝石商のマルコと、その行商人一行は、大街道を一直線に南へとまた旅をして、自宅のある町へと戻っていた。


 そこはアトリウムのある豪邸だった。召使めしつかいが何人もいた。だが彼らは、田舎の湖のほとりに住んでいた。ここでは商売にならないため、それで売買は移動して行っているという。


 報酬ほうしゅうを用意するからという主人の言葉で、この邸宅に数日滞在していたエミリオは、穏やかに晴れ渡った今朝、旅立ちの時を迎えた。

 実のところ、それは無謀むぼうで孤独な、苦悩の旅だ・・・。


 ハンスとニール、それに奥方とは、玄関ホールで別れの挨拶を交わした。

 だが主人は、大きな荷物を持ったまま、まだ見送ろうとしてくれていた。


 一緒に外へ出たエミリオは、庭の生垣いけがき花壇かだんの通路を通り抜け、そのまま門の下に来て、あらためて彼と向かい合った。


「さあ、旅の支度したくは整えておいた。これで、遠い南へじゅうぶんに行くことができる。」

 荷物を差し出しながら、主人は万事大丈夫と言わんばかりにハキハキと言った。


「ありがとうございます。」

 一方のエミリオは、心から感謝しながらうつろに返事をした。


「お前さん・・・。」と主人。「もし死のうなんで考えていたら・・・。」


 エミリオは首を振ると、聞き取れないような小声で答えた。

「もう、無駄にそうすることもできないのです。私は・・・。」


 かけがえのない犠牲を払って、今、生きているから・・・。そう続きを口にせず黙り込んだエミリオは、悄然しょうぜんと視線を落とした。


 主人はいきなり、そんなエミリオの左腕をぐっとつかんだ。


 驚いて顔を上げたエミリオ。


 真っ直ぐに優しい目を向けた主人は、声に力をこめて、言った。

「君にはきっと、神がついている。常に助けがあるだろう。俺たちが出会ったように。」






 あれから、数日。


 エミリオは今また、たった一人きりで歩いている。目的もあてもなく、無意味に・・・。それも、もう下道したみちどころか何のあともない、まさしくだだっ広い原野の中にいた。主人が用意してくれた地図によると、しばらく町には出会えない。あてにするといえば、井戸くらいだ。それでエミリオは、道しるべを探しながら、とりあえずその一つを目指している。


 今は、最初に比べれば、えた心はいくらかしっかりしたようにも思えた。


 だが繰り返す・・・辛すぎる記憶は、何度でも鮮烈によみがえっては、容赦なく痛めつけてきた。その度に涙がこみ上げた。それでも耐えた。無気力にも、自暴自棄になることもなく、なんとか精神を保っている。まさに今この時も・・・。


 ダメだ・・・と、立ち止ったエミリオは、目を閉じて深呼吸をした。それから視線を上げ、努めて冷静に周りを見た。


 点在しているのは、どれもオリーヴの木のようだった。ヴルノーラ地方では見られない木が生えている。帝都からはもうずいぶん離れて、とりあえず着実に南へ向かえてはいる。


 刺客しかくたちは・・・彼女は・・・あきらめてくれただろうか。


 風が吹き抜けた。辺りは明るくさわやかな風なのに、少し身にしみた。


 一人でいると、気を抜けば本当にもろく弱くなってしまう。誰かといる方が、もう少ししっかりしていられることに気づいた。 


 ふと、主人の言葉が浮かんだ。


〝君にはきっと、神がついている。常に助けがあるだろう。〟


 ようやく、井戸を見つけた。方向をあやまることなくやってこられたことに、ほっとした。


 幸い、井戸はれていなかった。水を汲み上げて飲み、水筒に補給した。それは事務的な作業でしかなかった。とにかくまだ生きていなければならない、という思いだけ。


 井戸のふちに両手をついて、エミリオはまた考えた。この状況で、今すべきことを。それから首をめぐらせて、今度は遠くまで見渡した。灰色と薄茶色の大地が広がっている。ところどころに草地の緑もある。だが、ここは荒野だ。


 すぐそばにも、細い小さな葉を茂らせているオリーヴの木があった。みきの低い位置から横へ枝分かれしているその下は、大きな日陰になっている。


 井戸から離れたエミリオは、そこに腰を下ろして彼方かなたを見つめた。


 ただ茫然ぼうぜんと・・・。


〝分かっているはず・・・この御方は死なせてはならないと・・・。〟


 フラッシュバックが起こり、エミリオはハッと目をつむる。 


〝生き抜いてください・・・!〟


 下を向いて、両手に顔をうずめた。


 人知れず死ねる場所へ行けたなら、それもいいとさえ思っていた・・・。

 だがもう、それも許されない。もう何も持たない孤独の身でありながら、多くを不幸にしてまで生かされた。その意味を考えながら、命ある限り生きて過ごさねばならないのだ。


 どこで・・・。


 途方に暮れ、悩み疲れて顔を上げれば、目に映るのは、散在する奇岩と灌木かんぼくだけの殺風景な景色。


 エミリオは、遠くをまたぼんやりと見つめ、物思いに沈みながら、何度もため息をついた。


 無駄には死ねない・・・。


 このさき私はどこを目指し、どうやって生きればいいのだろう・・・。






        .・.✽.・ E N D ・.✽.・.




※ 物語は本編『アルタクティス ~ 神の大陸 自覚なき英雄たちの総称 ~』「第1章 失踪しっそう」へと続きます。






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