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城郭都市で


 隣国との国境は、一人で道の無い場所を歩いた時に、幸い、その曖昧あいまいな境界線を越えていたエミリオ。 


 しかし大街道には、要所、要所に関所がある。途中、そこで検問を受けた時には不安にかられたが、すっかり顔なじみの行商人として、ごく簡単な荷物のチェックだけで通された。一人でいるより、上手く遠くへ行けるかもしれない・・・と、エミリオは気づいた。


 そうして進路を修正していた一行いっこうは、大街道からそのままたどり着ける町に入った。到着したのは午前九時頃。王都ではないが、狭間胸壁さまきょうへき※ に囲まれた城郭じょうかく都市の一つで、領主の名だたる騎士が治めている大きな町である。

 

 実はエミリオは、この町のことも、その領主のことも知っていた。だが話したことはなく、ここには来たこともない。ただ近隣国の主要都市について、皇子の知識としてあっただけだ。


 その高い市壁沿いに西の門へ回ると、数人の衛兵えいへいが待ち構えていた。


 エミリオはそこで、少し好奇こうきの目にあった。だが一行のことはよく知られていたため、主人がこれまでの経緯いきさつを一言話しただけで、やはり何の問題もなく通過できた。


 いかめしい外観で、まるで見えなかった町の中はとても明るく、輝いていた。


 高台へ続く大階段は踊り場から枝分かれしていて、たくさんの人がそこに座り、お喋りや休憩をしている。

 舗装された街路のあちこちから、楽しそうな声が聞こえる。子供たちが緑の広場を駆け回っている。街路樹の下にはベンチ椅子があって、座っている老人の前にハトが群がっていた。


 そこは色彩にんでいて華やかでもあった。とうが建つ広場のいちもすでににぎわっていたから。近くを通りかかった時にエミリオが見つめていると、自分の店は明日の朝早くからそこで開くと主人が教えた。今日は宿を取ることや、出店料の支払いなどの手続きで忙しいらしい。


 二頭の馬が引くほろ馬車で移動してきた一行は、高台の向こうにある宿泊街へ、広い坂道から上がって行った。


 宿泊街は、灰褐色はいかっしょくの石でできた建物がのきを連ねていた。どの施設も大きく立派で、充実しているように見えた。


 植木鉢の木の枝が門のように伸びて、軒先のきさきを飾っている宿の前。そこで、一行の馬車は停まった。


「ここにしよう。」と、主人が言った。


 扉に付いている鉄のノッカーの下に、〝空室あり〟と書かれたふだがかかっている。


 そうして宿が決まると、同じ部屋になったハンスとニールに、エミリオは理髪店へ引っ張っていかれた。


 実は道中、主人にこんなことを言われたのである。

「顔が綺麗すぎるから、もうちょっと、こう・・・男らしくしてみたらどうか。」


 肩の上辺りでばっさりハサミを入れただけの髪型でいたエミリオは、もう彼らの好きなようにしてもらった。


 それで次には入浴をすすめられ、着替えをするように指示された。装身具そうしんぐを扱う行商人の用心棒になったのだから、身だしなみは大事だと言われて。


 いつの間にか ―― 散髪しているあいだに ―― 着替えが用意されていた。えり無しの白シャツに、たけの長いあさ羽織はおりベスト。靴も、新しい服に合うものが一式。


 肌触りが良く着心地は快適だが、エミリオには一つ気になることがあった。シャツの胸元が開いていること。というのは、鎖骨さこつの下、あるいは胸の上に、子供の頃に負った火傷やけどのあとがある。それがどうしたものかを知る者はほとんどいないが、言い換えれば、それは暗殺未遂(みすい)痕跡こんせきだ。エミリオは、ちょうどその頃から命を狙われ始めた。


 だが、それはベストを着れば簡単に隠すことができた。その上着は防寒というより、恐らく息子たちのセンスで購入してくれたものだろう。なにしろ、彼らの商品はアクセサリー。それらを買いたくなるよう、お洒落しゃれに見せる必要がある。その証拠に、ハンスが商品のペンダントまでかけてくれた。体格に合わせた男性用だからかくさりが長く、トップには緑色の天然石がついている。


 初老の主人と、エミリオよりも年下のその息子たちのほかは、雇われている中年男性が三人という旅仲間だったが、すっかり男らしく、清潔になったエミリオの姿を見て、その全員が見事に息の合ったため息をもらした。


「ずいぶん整った顔立ちだと思っていたが、いや、ほんとに・・・。」と、主人は絶句した。「そうそう、君の大剣だが、勝手ながらきたえ直した方がいいと思い、鍛冶かじ職人に預けている。職人が驚いていたよ、他には無い剣だって。特注だろうって言うから、合う帯とさやも作ってもらえるよう頼んでおいた。遠慮なく受け取ってくれ。」


「それは・・・ありがとうございます。」


 正直、感謝と恐縮の念だけでなく、慣れない場所で母の形見が手元にないことに、落ち着かない気持ちもあった。情緒不安定でいる今は、なおさら。だがエミリオは、礼はしっかりと声にした。主人は親切で、とてもよくしてくれている。その息子たちも、仲間も。


 彼らの方では、極端に口数が少ないそんなエミリオのことを、相変わらず不思議に思っていたが。

なぜかは、問えば何かしら応えるものの、ただ気後きおくれしたように微笑み返すだけだとか、片言かたことであったりだとか、とにかくぎこちない。どうも心から笑おうとしないし、そんな自分のことを何も話したがらない。そして、少し世間知らずな感じがある。町に入って、それは顕著けんちょになった。真面目まじめにおかしなことをするから。


 やはり何かあって意識障害を起こしているのだろうか。世にもまれな美貌もあわせて、まるで別世界からやってきた ―― それも天から降りてきた ―― かのような青年だと思った。






狭間胸壁さまきょうへき ―― 凹凸になっていて矢を射る窓を設けてある城壁の上部







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